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【つむいだ家族との絆】新十両・炎鵬、脊髄損傷で手術すすめられるも拒否…地獄のリハビリを救った「金言」とは

スポーツ 記事投稿日:2026.05.16 06:00 最終更新日:2026.05.16 06:00

【つむいだ家族との絆】新十両・炎鵬、脊髄損傷で手術すすめられるも拒否…地獄のリハビリを救った「金言」とは

大怪我を克服し、奇跡の復活を遂げた炎鵬

 

 10日に初日を迎えた大相撲五月場所。ひと際注目を集めているのが、3年ぶりに関取復帰した十両の炎鵬(えんほう・31)だ。

 

 2023年の五月場所、脊髄損傷で途中休場。6場所連続の全休場で番付は序ノ口まで下がったが、2024年七月場所から土俵に復帰し、今場所、関取の座に返り咲いた。幕内経験者が序ノ口まで落ち、関取に復帰したのは、史上初の快挙だ。長期休場の原因となった怪我だが、「かなり以前から痛めていた箇所だった」と炎鵬は振り返る。

 

「入幕(2019年五月場所)翌年の一月場所初日に痛めてしまったんです。休場する直前は相撲どころか、まともに生活もできないほど。体の感覚も、ほぼない状態でしたね」

 

 2023年五月場所の九日目、取組後に部屋に戻って倒れ、病院へ運ばれた。検査で脊髄の損傷が見つかり、即入院。医師からは、すぐに手術をしたほうがいいと言われた。

 

「手術をしたらもう相撲はできないが、今後の人生を考えたら、したほうがいいと。でも、受け入れられなかったんですよ。セカンドオピニオンで別の病院に行っても、手術をすすめられました。それでも、やっぱり手術を受ける気にはなれませんでした。頑(かたく)なに拒否したものですから、『ならば少し様子を見ましょう』ということになって……」

 

 医師から説明を受けた場には、金沢から駆けつけた両親と、当時の師匠・元白鵬の宮城野親方も同席した。炎鵬の母・中村由美子さんが述懐する。

 

「先生の話があって、もう引退するかのような雰囲気だったんですよ。でも、友哉(炎鵬)が先生にいろいろ質問する姿を見て、このコはまだ諦めていないってわかったんです。だから、私からは『やめてほしい』とは言いませんでした。言っても聞くようなコではありませんしね。

 

 入門するときだってそうでした。あの体ですから、まわりは無理だって言いました。でも本人は『やってみないとわからない』と。そのときと同じです」

 

 入院生活は約2週間。ほぼ寝たきりだったが、退院後は懸命にリハビリに取り組んだ。

 

「手の指が1日に何百回も攣(つ)るんです。それが痛いし、うまく動いてくれない。足も動かないし、とても走れるようになるなんて気がしなかった。『もう無理だ』って思ったことは何百回もありました。ただ『もうやめよう』とは、一度も思いませんでした」

 

 土俵に戻る……ただそれだけを念じていた。環境の変化もあった。2024年4月、力士の暴力問題などにより、宮城野部屋が閉鎖。伊勢ヶ濱部屋へと移籍することになった。その際、師匠代行を務めた玉垣親方(元小結・智乃花)からある言葉を教わったという。

 

「『足るを知る』という言葉を教えていただいて、すごくいい言葉だな、自分にぴったりの言葉だなと思いました」

 

 自分が今、持っているもののありがたみを知る、という意味の言葉だ。

 

「今まで当たり前だったことが当たり前ではなくなっても、今これができるだけで、もうそれだけで満足だな、そう考えられるようになりました」

 

 そして2024年七月場所で、序ノ口から土俵に復帰。ただ、幕下だった2025年七月場所では左腓骨の剥離骨折で途中休場。今年の一月場所では、勝てば幕下全勝優勝で十両復帰が決まるはずだった一番で黒星。左足首を2カ所骨折と、関取復帰までの道のりは、けっして平坦ではなかった。そんな息子を由美子さんは、黙って見守り続けた。

 

「リハビリは大変だったと思いますが、あのコから泣き言を聞いたことはありません。LINEを送っても『大丈夫』とか、ひと言しか返ってきません。心配させたくなかったんでしょう。

 

 復帰してからもずっと、『今日が最後になるかもしれない』という思いで観ています。先場所も、痛みをこらえていたのは、見ればわかります。私たちができるのはただ見守るだけ、祈るだけ。無事に土俵を下りてくれれば、それだけでいいんです」

 

 両親の実家は、石川県能登町にあった。2024年1月の能登半島地震で被害を受け解体となったが、墓はまだそこにある。大事な一番のときは、金沢から車で能登に向かい、墓に手を合わせるのだという。

 

 関取復帰を果たした炎鵬の目標はシンプルだ。

 

「15日間、土俵に上がること。ここまで支えてくれた人たちに感謝して、土俵に上がります」

 

炎鵬友哉(えんほうゆうや)
1994年10月18日生まれ 石川県金沢市出身 金沢学院大学から横綱・白鵬の内弟子として宮城野部屋に入門。現在は伊勢ヶ濱部屋所属。2017年三月場所で初土俵。2019年五月場所で新入幕。最高位は東前頭四枚目。身長167cm、体重107kg

 

写真・高橋マナミ
コーディネート・金本光弘

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出典元: 週刊FLASH 2026年5月26日号

著者: 『FLASH』編集部

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