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【1993年、Jリーグ開幕戦第1号ゴール】ヘニー・マイヤー氏が明かす波乱の当時、「私はヴェルディ川崎で“のけ者”だった。カズやラモスとは会話をした記憶がない」

スポーツ 記事投稿日:2026.05.23 06:00 最終更新日:2026.05.23 06:00

【1993年、Jリーグ開幕戦第1号ゴール】ヘニー・マイヤー氏が明かす波乱の当時、「私はヴェルディ川崎で“のけ者”だった。カズやラモスとは会話をした記憶がない」

オランダの自宅に飾っているというヴェルディ川崎時代のユニホームを手にするマイヤー氏

 

「今でも、あのゴールを見ると幸せになるんだ」

 

 左サイドでボールを受け、中央へ切れ込み、右足を振り抜く。シュートはクロスバーの下へ突き刺さった。

 

「あの形は得意だった。しかも、Jリーグの歴史が始まる瞬間だったからね。33年も前なのに、『Jリーグで最初のゴールを決めたのは誰だ?』と聞かれれば、みんな私の名前を思い出してくれる。それは本当に特別なことだよ」

 

 オランダ・アムステルダム近郊の港町、エイマイデンのカフェで、当時の映像を見つめながらそう語ったのは、1993年5月15日のJリーグ開幕戦、横浜マリノス(現横浜F・マリノス)との試合で記念すべきJリーグ第1号ゴールを決めた元ヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)FWのヘニー・マイヤー(64)だ。40代半ば以上のサッカーファンなら、豪快な一撃とともに両手を広げながら駆け出したゴールパフォーマンスを覚えている人も多いだろう。

 

 だが、それ以上、彼のことを知っている人はそう多くはないはずだ。日本サッカー史に残るゴールを決めながら、マイヤーは11試合2ゴールという結果を残し、約3カ月で日本を離れているのだ。

 

 マイヤーはオランダ代表歴などの実績を引っ提げて来日。だが当時のヴェルディは、カズ(三浦知良)やラモス瑠偉を筆頭に、テクニックを重視するブラジル色の強いチームだった。そこにフィジカルを武器とするタイプのオランダ人が加わったとなれば、適応に苦労したのは想像に難くない。

 

「カズやラモスが素晴らしい選手だったことは否定しない。だが、チームはコミュニケーションの部分で問題を抱えていた。選手同士で『こうしてほしい、ああしてほしい』と要求し合わなければうまくいくはずはない。私の加入でポジション争いが激しくなったのかもしれないが、プロなら当たり前。そんななか、私はピッチでも食事会場でも、のけ者にされたようでいつも一人だった。大げさではなく、カズやラモスとは一度も会話をした記憶がない。私は “点取り屋” なので、ピッチでは『ボールをよこせ』と何度も叫んだが、ボールはほとんど来なかった。開幕戦でゴールを決めたが、あのときも本当に歓迎されていたのか、今でもわからない」

 

 当時のヴェルディを率いていたのは、現在は解説者として知られる松木安太郎。まだ35歳の若き監督だった。

 

「監督をはじめ、コーチ陣はそんなチーム状況を把握していながら、なんら策を講じることがなかったのは残念。戦術的にも、試合前に監督がボードを使いながら細かな役割を説明することもなく、唯一言われたのは『You score goals(点を取って来い)』だけだった(苦笑)」

 

 当時のJリーグはジーコ(鹿島、ブラジル)、ピエール・リトバルスキー(ジェフ市原、ドイツ)、ガリー・リネカー(名古屋、イングランド)ら、世界的スターを迎えることに注目が集まっていた。

 

「ピッチ外ではリスペクトされているのは感じたし、食事も美味しく、街は安全で日本での生活は快適だった。ただ、日本人が知るオランダ人といえば(イタリアのミランで大活躍した)ルート・フリットやマルコ・ファン・バステン、フランク・ライカールトだけ。マイヤー? 誰? という感じだったのだろう(笑)」

 

 早期退団の経緯については、こう話した。

 

「私が望んだわけではない。チームの結果が出ていなかったのは事実。クラブの社長のオフィスに呼ばれて『チーム内での繋がりがよくないようだね。契約したサラリーや経費についてはすべて支払うが、ここで終わりにしよう』と告げられたんだ。私に選択権はなかった。寂しい気持ちにはなったが、それも人生だ」

 

 オランダに帰国後、マイヤーはいくつかのクラブでプレーし、1998年に現役引退。その後は離婚や、数年間は仕事がなく苦しい時期もあったと振り返ったが、2男3女にも恵まれ、この15年ほどは地元フェルセンの女子クラブの監督や、地域スポーツ団体でさまざまな年代のコーチを務めてきたという。

 

「私はプロ選手になりたかったわけではなく、サッカーが好きでプレーしていたらプロになっただけで、みんなが楽しんでくれたらそれでいい。私にはぴったりな仕事だよ」

 

 6月12日に開幕する北中米W杯では、日本とオランダは15日の初戦で対戦する。オランダと日本の両国を知るマイヤーにとっても、感慨深い一戦になる。

 

「私がJリーグでプレーしていたころ、日本はまだW杯に出たことがなかった。でも、本当に素晴らしい成長を遂げた。フェイエノールトの上田綺世は、今季オランダリーグの得点王をほぼ確実にしているしね(16日現在、1試合を残して2位に8ゴール差)。オランダにとっては簡単な試合にはならないと思うよ」

 

 日本サッカー黎明期に歴史を刻んだ男は、苦い記憶さえジョークに変え、W杯での日本とオランダの対戦を楽しみだと笑った。

 

※日付は日本時間

 

写真・共同通信
取材&文・栗原正夫

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出典元: 週刊FLASH 2026年6月2日号

著者: 『FLASH』編集部

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