桑田真澄
「あと2試合を持って、辞任します」
突然の辞任表明だった。しかも、球団首脳からではなく、監督自らによる発表は、異例中の異例のことだ。
9月29日、中日の井上一樹監督が今季限りでユニホームを脱ぐことになった。
今季の中日は、井上監督が辞任を表明した時点で114試合を消化し、59勝80敗2分けで最下位だった。
「成績だけ見れば最下位ですし、何らかの責任をとってもおかしくない状況でした。ただ、3年契約の2年めですし、続投が既定路線と見られていたのです。
契約期間を残しながらも辞めた理由はいくつかあるようですが、やはり2012年を最後にクライマックスシリーズ(CS)進出の可能性を今年も消してしまったことが大きかったようです。しかも、今年は球団創設90年めの節目でもありました。
その年に最下位に沈んでしまったことを、井上監督は自分としても許せなかったのでしょう。自ら球団に申し入れ、了承されたということです」(スポーツ紙中日担当記者)
気になるのは後任人事だが、球団OBにして現・中日球団本部長補佐の荒木雅博氏、前・侍ジャパン監督の井端弘和氏らのほか、外部からは西武を2度リーグ優勝に導いた辻発彦氏、ソフトバンクの監督として5度の日本一に輝いた工藤公康氏らの名前が挙がっている。
そんななか、もう一人注目すべき人物がいる。桑田真澄前巨人二軍監督だという。
「巨人で長年活躍した選手の引退後の進路は、大きく分けて3つあると言われています。まずは引退後に巨人の監督になること。長嶋茂雄氏や高橋由伸氏が代表例でしょう。
次は引退後に指導者の道には進まず、評論家になる例。江川卓氏や槙原寛己氏の名前が挙がります。
そして最後が他球団の監督になること。異例のことなんですが、1995年にダイエーの監督になった王貞治氏がそうです。当時は大変な驚きを持って伝えられました。『世界の、そして巨人の王氏が他球団の監督になるなんて、許されることなのか』と。
もし桑田氏が中日の監督になるならば、王氏と同じ道を歩むということになるわけです」(スポーツ紙デスク)
巨人のレジェンドが他球団の監督になることは確かに高いハードルを越えなければいけない。ただし、桑田氏の場合は「そうでもない」と前出のデスクが続ける。
「桑田氏は今年、巨人2軍監督を辞めたわけですが、『ユニホームを脱いでフロントに入ってくれ』と、その内情が事実上の“解任“だったと一部スポーツ紙に自分で話しています。
内情を話すことは当然禁止事項です。それを話したということは覚悟の上だろうし、多くの関係者が『巨人への訣別宣言』ととっています。なので、桑田氏が他球団の監督になることに障害はないと見られています」
中日は2017年を最後にチーム本塁打数が100本に届いていなかった。だが、今季はセ・リーグ2位タイの120本塁打まで増加。本拠地「バンテリンドームナゴヤ」でも前年の35本から70本に倍増している。
同時に本拠地での観客動員数が、この3年間増え続けている。昨年は過去最高の252万832人を記録し、今年も253万3782人と増え続けているのだ。
そこに理論派で通る桑田氏が指揮官となれば、ファンの注目度はさらに増すことが間違いないなさそうだが、果たして。
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