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【ドラフト】日ハムじゃなかった! 巨人が織田翔希を強行指名「生え抜きのスターが欲しい」球界の盟主としてのプライドとは

スポーツ 記事投稿日:2026.10.22 20:40 最終更新日:2026.10.22 20:40

【ドラフト】日ハムじゃなかった! 巨人が織田翔希を強行指名「生え抜きのスターが欲しい」球界の盟主としてのプライドとは

織田翔希投手(写真・共同通信)

 

 2026年ドラフトでもっとも注目を集めていた横浜高の織田翔希投手。まだ18歳ながら、最速157km/hの速球は、花巻東高時代の大谷翔平に迫る球速を誇る。

 

「当然、ドラフトではNPB全12球団が注目し、MLBも多くのスカウトが来日して視察するなど、ほとんどの球団がマークしていました。その彼が『最終目標である世界一のピッチャー、世界で活躍するという目標に向け、アメリカの地で挑戦することに決めました』と宣言したのが10月15日のこと。

 

 この宣言に、NPB12球団はドラフト戦略を改めなければいけなくなりました。ほとんどの球団が1位にリストアップしていましたから」(スポーツ紙デスク)

 

 これで織田を指名する球団は事実上なくなったと見る向きは多かったが、前出のデスクは「いや、まだわかりません」と続けた。

 

「織田がアメリカを強調すればするほど、ある球団の動向に注目が集まったんです。それが日ハムです。

 

 2012年、二刀流で注目された大谷翔平は、織田同様、『アメリカに挑戦したい』と宣言しました。その結果、多くの球団が指名から撤退するなか、日ハムだけが強硬に指名した。

 

 そして、粘り強い交渉の結果、契約に漕ぎつけたわけです。大谷をあきらめた球団からは、嘆きの声が聞かれたのも当然でした。

 

 もともと、日ハムはドラフトにおいて、強気の攻めに徹する球団との評価がありました。ある選手が『この球団に行きたい』と指名しても、日ハムとして本当に欲しい存在であれば、可能性が低くても果敢に指名してきた歴史があります。

 

 2006年の長野久義(当時HONDA)、2011年の菅野智之(同・東海大)と、巨人と相思相愛の関係だった2人を指名しました。ともに入団には至りませんでしたが、そこには『その年で最も評価の高い選手を指名する』という日ハムのポリシーがあったと評価されました。

 

 だからこそ日ハムは、2004年のダルビッシュ有に始まり、中田翔、斎藤佑樹、大谷、有原航平、清宮幸太郎、そして伊藤大海と、まさにその年のナンバーワン選手を指名し、くじ運も味方につけて獲得してきました。

 

 これまでのドラフトに対する意志の強さの賜物と評価されてきましたから、今回も織田を強行指名すると思ったのですが……」

 

 じつは、ドラフト前日の10月21日、日ハムが都内でスカウト会議を開き、ドラフト1位指名選手を決定。同時に、織田について、木田優夫GM代行が「これから織田君がどこで野球をやろうが頑張ってほしいなと思う」と指名しないことを明言した。

 

 そして、運命の1巡め指名。織田を指名したのは日ハムではなく、まさかの巨人だった。

 

「巨人の水野雄仁編成本部長は、指名にいたった経緯について『非常に迷いました』と説明。さらに『日本のプロ野球ファンにお見せしたい』『我々は誠意を尽くしていくだけ』と、交渉に意欲を見せました。

 

 まさに “強行指名” となったわけですが、巨人としてはこれまでの “日ハム方式” がうらやましかったのでしょうね。やはり巨人出身で大谷のような “生え抜きのスーパースター” を生み出したいという思いがあるのでしょう。

 

 もちろん、即戦力になるという算段はあるでしょうが、“球界の盟主” としてのプライドが垣間見えた決断です」

 

 織田との交渉期限は、2027年3月31日。はたして、織田はどんな決断をするのか——。

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出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

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