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37秒で56枚の手形色紙を…角界の裏方「世話人」の職人仕事

スポーツ 投稿日:2019.01.27 06:00FLASH編集部

37秒で56枚の手形色紙を…角界の裏方「世話人」の職人仕事

手形色紙を作る白法山さん(写真中左)

 

 作家・二宮敦人による、角界ルポ。今回は「世話人」、文字どおり相撲のあれこれを世話する裏方である。

 

*

 

「世話人」という役職の仕事内容が、いまだによくわからない。理解できないわけではないが、多岐にわたりすぎて摑みづらいのだ。世話人の筆頭、白法山さんの仕事の合間を縫って、話を聞いた。

 

 

「たとえば会場の準備だね。今日みたいな巡業だったら、マス席を作ったりだとか。取組表を貼ったりとかね。やり方がわからない若者頭に、アドバイスをしたり。

 

 会場が出来上がったらその警備も。お相撲さんが乗るバスの手配もするし、どの席に誰が乗るとかも決める。

 

「あとは資材搬入というのかな、これも我々の管轄」

 

 白法山さんは背後の大型トラックを指し示した。でかい。

 

「桶とか太鼓とかね、それから衣装。座布団も。あとは明荷(あけに)だ」

 

 明荷とは力士や行司が持つ一種の旅行トランクで、頑丈な竹籠だ。表面には大きく四股名が書かれている。京都にある専門の業者が作っているという。

 

「結構たくさん運ぶ物がありますね」

 

 僕はトラックの中を覗き込む。白法山さんが頷いた。

 

「正直ね、明荷だけで天井いっぱいいっぱいになるよ」

 

――ええと、なぜコピー機があるんですか?

 

 トラックの中ほどに、コンビニにあるような複合機がデンと鎮座している。

 

「取組表を印刷するの。コードを持ってきて電源繫いでね。あと、こういうのもやるよ。ちょっと見ていくかい」

 

 出てきたのは大きな段ボールの箱。開くと色紙がどっさり詰まっていた。1つあたり500枚、箱は10個以上はあろうか。

 

 導かれるままついていった先には折り畳み式のテーブルが1つ、パイプ椅子が1つ。そこに世話人が4人ほど待機している。何が始まるのかと見ていると、のっそりと横綱・稀勢の里(取材当時は引退前)が現われた。

 

 稀勢の里が椅子に腰掛ける。2人の世話人がテーブルを押さえる。白法山さんが色紙の束を持ち、稀勢の里と向かい合う形でテーブルに置いた。

「バババババン!」 

 

 突如、爆竹のような音が響く。弁当箱ほどもある巨大な朱肉に右手をつけ、恐ろしい速さで、稀勢の里が色紙の束に掌を叩きつけていく。その振動で、テーブルはがくがく揺れる。

 

 白法山さんは常に新しい色紙に掌が当たるよう、トランプでも切るがごとく、素早く色紙をめくっていく。

 

 ちょっとでもタイミングがずれたら、色紙は失敗してしまうし、最悪、白法山さんの手が潰れてしまう。しかし2人は涼しい顔、息はぴったりと合っていて、達人同士の餅つきのようだ。

 

 力士の手形色紙作りである。測ってみたところ、1回の「バババババン」あたり56枚で37秒。1枚あたり約1.5秒の早業だった。

 

「ま、こういった裏方みたいなことだね」

 

 白法山さんはあっさりと言う。確かに裏方は裏方なのだが、ほとんど職人芸の域ではないか。

 

 相撲とは、全国を回る旅の1座。1つところに留まらず、己を磨き、戦う人々の集団。そこには往にし方より、僕たちの世界とはずいぶん違うしきたりがあり、やり方があり、仕事がある。

 

 それら一切を世話する人を、世話人というのだ。

 


にのみやあつと
1985年生まれ。小説作品に『最後の医者は雨上がりの空に君を願う』。初のノンフィクション作品『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』が12万部を超えるベストセラーに

 

(週刊FLASH 2019年2月5日号)

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