作家・二宮敦人による、角界ルポ。今回は「世話人」、文字どおり相撲のあれこれを世話する裏方である。
*
「世話人」という役職の仕事内容が、いまだによくわからない。理解できないわけではないが、多岐にわたりすぎて摑みづらいのだ。世話人の筆頭、白法山さんの仕事の合間を縫って、話を聞いた。
「たとえば会場の準備だね。今日みたいな巡業だったら、マス席を作ったりだとか。取組表を貼ったりとかね。やり方がわからない若者頭に、アドバイスをしたり。
会場が出来上がったらその警備も。お相撲さんが乗るバスの手配もするし、どの席に誰が乗るとかも決める。
「あとは資材搬入というのかな、これも我々の管轄」
白法山さんは背後の大型トラックを指し示した。でかい。
「桶とか太鼓とかね、それから衣装。座布団も。あとは明荷(あけに)だ」
明荷とは力士や行司が持つ一種の旅行トランクで、頑丈な竹籠だ。表面には大きく四股名が書かれている。京都にある専門の業者が作っているという。
「結構たくさん運ぶ物がありますね」
僕はトラックの中を覗き込む。白法山さんが頷いた。
「正直ね、明荷だけで天井いっぱいいっぱいになるよ」
――ええと、なぜコピー機があるんですか?
トラックの中ほどに、コンビニにあるような複合機がデンと鎮座している。
「取組表を印刷するの。コードを持ってきて電源繫いでね。あと、こういうのもやるよ。ちょっと見ていくかい」
出てきたのは大きな段ボールの箱。開くと色紙がどっさり詰まっていた。1つあたり500枚、箱は10個以上はあろうか。
導かれるままついていった先には折り畳み式のテーブルが1つ、パイプ椅子が1つ。そこに世話人が4人ほど待機している。何が始まるのかと見ていると、のっそりと横綱・稀勢の里(取材当時は引退前)が現われた。
稀勢の里が椅子に腰掛ける。2人の世話人がテーブルを押さえる。白法山さんが色紙の束を持ち、稀勢の里と向かい合う形でテーブルに置いた。
「バババババン!」
突如、爆竹のような音が響く。弁当箱ほどもある巨大な朱肉に右手をつけ、恐ろしい速さで、稀勢の里が色紙の束に掌を叩きつけていく。その振動で、テーブルはがくがく揺れる。
白法山さんは常に新しい色紙に掌が当たるよう、トランプでも切るがごとく、素早く色紙をめくっていく。
ちょっとでもタイミングがずれたら、色紙は失敗してしまうし、最悪、白法山さんの手が潰れてしまう。しかし2人は涼しい顔、息はぴったりと合っていて、達人同士の餅つきのようだ。
力士の手形色紙作りである。測ってみたところ、1回の「バババババン」あたり56枚で37秒。1枚あたり約1.5秒の早業だった。
「ま、こういった裏方みたいなことだね」
白法山さんはあっさりと言う。確かに裏方は裏方なのだが、ほとんど職人芸の域ではないか。
相撲とは、全国を回る旅の1座。1つところに留まらず、己を磨き、戦う人々の集団。そこには往にし方より、僕たちの世界とはずいぶん違うしきたりがあり、やり方があり、仕事がある。
それら一切を世話する人を、世話人というのだ。
にのみやあつと
1985年生まれ。小説作品に『最後の医者は雨上がりの空に君を願う』。初のノンフィクション作品『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』が12万部を超えるベストセラーに
(週刊FLASH 2019年2月5日号)