相撲は単純な力比べではなく、 僕が思っていた以上に様々な要素があり、戦い方があるらしい。だから炎鵬関も、魁聖関も、勝つ時もあれば負ける時もある。炎鵬関が真剣な眼差しで教えてくれた。
「大きい人はやはり、罠を仕掛けて誘い込もうとしてくるんですよ。我慢できずに誘いに乗ってしまうと、こう、パクッと食われてしまう」
体の小さい炎鵬関は、身軽さを活かして相手を翻弄するが、ときにはほとんど抱え上げられるようにして、土俵の外に放り出されてしまうこともある。空中でじたばたと、もがく足が、痛々しいほどだ。
「だけど大きい人にも、必ず弱点はあるはずなんです。RPGと同じですよ。一見、通用しないように思えても、装備を変えたりアイテムを考えたりすると勝てるんですよ。
あとは、相撲の型が決まってるじゃないですか。押し相撲、四つ相撲というように。だからまずは、相手の得意な形にならせないようにと意識していますね」
そこからは駆け引きですけど、と炎鵬関は宙を見る。
「真っ直ぐ当たるのか横に動くのか、潜るのか。飛ぶのか。何パターンも見せておけば、相手も悩むじゃないですか。それまでの相撲で伏線を張っておいて、その裏を突いたり。
いかに読みを外して、自分のペースに持ち込むか。相手が嫌がった時点でこっちの勝ちかな、というところがあります」
−−じゃあ、常に嫌がらせを考えているというような……。
苦笑しながらも「でもそうです。そういうことですね」と炎鵬関は頷いた。
一方で魁聖関は、ちょっと大げさに首を横に振ってみせる。
「いまだに体の小さい力士は苦手ですね。小さい力士とばかり当たるとね、『また小さいのか~』とは思いますよ。でも大きすぎても、同じくらいの稽古相手、いないですからね。ミディアムくらいが、いいですね」
−−小さいと、中に入り込まれてしまうんでしょうか?
「やっぱりよく動くから。まわしを取りにいくと、はたきに来たりとか。だから押したり、突っ張ったり。両手で飛ばしていきますね。相手は軽いから、当たれば大きく体勢を崩しますんで。でも、気をつけないと腕を引っ張られたりします。慎重に狙って打たないと」
体の大きい魁聖関は、正面から四つに組んで、怪力で制する相撲に華があるが、ときには思うように相撲をとらせてもらえず、慌てるままに敗れてしまうこともある。
「小さい力士に何かされる前に、自分が動かないといけませんね。あとはよく相手を見ることですね。見失って、焦って探していると、気づいたら後ろにいるなんてこともありますから」
−−じゃあ、結構土俵の上で考えることは多いんですね。
「自分は、立合いの時は、なにも考えないようにしていますね。今はもう慣れましたが、十両に上がったばかりの時なんかはいっぱいのお客さんの前で、緊張しますからね。そうすると何もできなかった、ということがあります。
稽古場でやっていることをそのままやればいい、出てきた相手と相撲を取るという感じがいいですね」
昔は前日に色々と考えすぎて、眠れないこともあったそうだ。
−−じゃあ、「やっつけてやる!」というように昂る必要はないんですね?
「はい、そういうふうに怒っていかなくていいですね。普通にいけばいい。気合いを入れても、そのせいで足が滑ってしまったりしますから。
それでも熱くなっちゃうことはありますけどね。パーンと張り手された時なんかとか。そうしたらもう、やり返しますよ。負けてもいいからやり返す。でも、熱くなるとほとんど負けますね、ハハハ」
これについては炎鵬関も同じらしい。
「僕は土俵では、無ですね。それに昔から、感情はあまり表情に出さないように心がけています。思考を読まれますから」
炎鵬という四股名、そして真っ赤なまわし。激しく闘志を燃やして向かっていくのかと思いきや、そうでもないようだ。
「確かに四股名はそうですけれど。僕は色でいえばむしろ水色とか、銀色の方が好きなんです。水のように、澄み切って内に秘めた状態というか。いつでも冷静に、クールに戦っていきたいんです」
淡々とした語り口には、確かに静かながら研ぎ澄まされた雰囲気があった。
「でも、パンツもタオルも、赤色で揃えてらっしゃいますけれど。それはどうしてですか」
そう聞くと「あ、これは頂いたものなので。ありがたく使わせてもらっています」と品良く笑った。