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横綱からスポーツ冒険家へ「北尾光司さん」自分を貫いた55年スポーツ 2019.03.29

 

 元横綱・双羽黒の北尾光司さんが、2月10日に慢性腎不全のため、亡くなっていたことがわかった。55歳だった。

 

 1979年、15歳で立浪部屋から角界入りをはたし、1986年、22歳で横綱に。優勝争いにからむことは多かったが、不思議なことに一度も優勝がないままの昇進だった。

 

 翌年、親方から日常生活を注意され、「こんな部屋にいられるか!」と怒って逃走。当時、角界では「2000年の歴史始まって以来の大不祥事」と問題になったが、ニューヨーク・タイムズに「日本人にとって怒りを爆発させることは無作法であり、無礼者は面目を潰される」と評論されたほど、世界を騒がせたニュースとなった。

 

 

 そのまま廃業を決めた北尾さんは、12月31日の会見でこう述べた。

 

「横綱としては失格だったかもしれないが、人間として自分を貫いたことで、これからもやっていける自信となりました」

 

 会見では今後のことを問われ、「実業家にもなりたいが、タレントとしてもやっていく。取材ならギャラを払ってほしい」と話したことで、マスコミからの大バッシングにも見舞われた。

 

 1987年3月6日、帝国ホテルで行われた断髪式には、関係者は400人しか集まらなかった。相撲協会の幹部、役員の姿は一人もなかったという。

 

 北尾さんは引退後、本誌記者に対し「相撲をやめたときは苦しかったですよ。横綱になるために、どれだけ苦労したことか。でも、あのときはやめざるをえなかった。師匠が廃業届けを出すという以上、弟子はそれに従うよりないですから。まあ、ほっとした一面もありましたけど」と振り返っていた。

 

 横綱・双羽黒を廃業してからは、「スポーツ冒険家」という肩書でタレント活動後、プロレス入り。必殺技は相手の股間に腕を通して頭から落とす「キタオドリラー」。本誌には「これで何人も病院送りにしたよ」と笑って話している。

 

 だが、新日本プロレスを長州力との口論で退社。続いて、天龍源一郎を頼って創立間もないSWS(メガネスーパー・ワールド・スポーツ)に参戦するも、「八百長野郎!」の暴言で解雇されてしまう。ファンへの謝罪文を読み上げた際は、「武道家として生きる」宣言をするなど、お騒がせな20代を送った。

 

 2001年、本誌に「型破りな力士がいてもいいじゃない。そう、現役当時の私のような(笑)」と明かしているが、このときは「総合的な護身術『セルフ・ディフェンス』をレクチャーしたい」と夢を語っていた。

 

 プロレスの引退から5年後の2003年には、かつての古巣の立浪部屋でアドバイザーに就任。相撲界との雪解けをみせていたが、それ以降、表舞台に出ることは減った。

 

 破天荒に見えたが根は真面目で、「正しい稽古をしてケガをしない体を作れ」と常に若手を応援していた。第60代横綱・双羽黒は、実に誇り高き男だった。

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