「制球か球速か」という話は、大変にもめやすい。結論から言うとどちらも必要だし、どちらも良いに越したことはないし、完全なトレードオフでもない。
投手本人の持っている手札によって変動するが、制球にも球速にもプロで必要な最低ラインが存在し、それを下回っていてはもう一方がいくら優れていても挽回不能である。逆に、それほど良くはなくても最低ラインさえ上回っていて、もう一方がずば抜けていれば活躍することも可能である。
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例えば、阪神タイガースの藤浪晋太郎は197センチという日本人離れした長身と長い手足、そしてダルビッシュいわ曰く「大谷以上」という高い身体能力でストレートの平均球速は150キロ前後、最速は160キロを記録、さらに私が高く評価するスラッター成分の強いスライダーを投げ込む、けた桁違いのポテンシャルを持った投手である。
順調に育っていけば阪神のエース、日本のエースだけではおさまらないレベルの大器なのだが、ここ数年は不振に苦しんでいる。球数やイニングを投げすぎたこと、肩を痛めたこと、フォームが乱れたことなどが重なり本来の球威が影を潜めている上に、何より制球で苦しんでいる。
ここ2年間は、いくら球速が速くても補いきれないほどにコントロールが悪く、あからさまにコースが外れているのでそもそもバッターが手を出さない。カウントが悪くなってからストライクを取りに来るのを待って捉えられるか、そうでなくても勝手に四球で自滅する状態である。
クイックモーションになるとさらに乱れるし守備も悪いので、走者さえ出せば勝手に崩れる。高すぎるスペックゆえにアマチュア時代から敵なしだったので、困った時の引き出しがまだ少ないのだろう。出力やフィジカルがおかしくなった時に修正したり技術で補ったりできない、典型的な選手である。
藤浪を見ると、結局のところ制球を良くする明確な方法は存在しないのかもしれない。
今のところのキャリアハイである2015年は球速も最も出ていたし、制球も良いとは言えないまでも「最低ライン」は上回っており、そのスピードや変化球の鋭さで制球力を補い、活躍できていた。同じように手足が長く、球質も似たデグロムに師事しても面白いと思う。
広島の薮田和樹の例もあげよう。2017年途中にリリーフから先発に転向し15勝をあげてチームのリーグ優勝に大きく貢献した薮田も、2018年は苦しんだ。
薮田は独特の小さなテイクバックから150キロ近い威力のあるストレートと亜大ツーシーム(シュート回転で落下するボール)、140キロ弱のカッター、スラッターをストライクゾーンにアバウトに投げ込み、球威で抑え込むスタイルだ。
ストレートとツーシームだけでは球種が少なすぎるが、これに近い球速で逆方向へ変化するカッター、スラッターが加わることで一気に幅が広がり、ゾーン内へアバウトに投げ込んでも空振りや凡打となる投球を2017年は実現できていた。
しかし、2018年は全体的に球速が2キロ程度低下した結果として打者が空振りをせず、ボール球にも手を出してくれなくなった。そのため、ストライクゾーンに投げている割合は大して変わらないのに四球が大幅に増加しており、制球難に陥っているという評価を受けて2軍暮らしが長くなった。
元々制球は良くないがボールの威力があるからアバウトに投げても抑えられたが、球威が落ちた結果、制球難を補いきれなくなっている状態と言える。
このように球威と制球には密接な関係があって、片方だけを純粋に評価することはかなり難しい。球速や投げたボールの結果なら客観的に評価できるものの、本当に投手が投げたい場所は投げる本人以外はわからないのだから、投手の制球力を数値で厳密に評価することは不可能に近い。キャッチャーの構え自体が偽装の場合もある。
ボールの威力があれば打者は手を出してしまうから、ある程度アバウトに投げてもストライクは増えていくし、四球も多くはならない。藤浪や薮田のような投手に「四球を出すな」と言いたくなる気持ちはわかるが、一方で制球についてあまりに口うるさく言うと、かえって良さが活きなくなる。
破綻した制球力を最低ラインまで向上させるのは不可欠だが、ストライクを取るために置きにいくピッチングをさせては、球威で抑える彼らの魅力は出てこない。監督・投手コーチはもちろん、ホームチームのファンにも寛容な姿勢が求められる。
ランディ・ジョンソンやノーラン・ライアンといったMLBの伝説的投手たちも若い頃、スピードはすさまじいが制球は悪かった。それでも徐々にフォームを固めて制球難を克服し、レジェンドとなっていったのである。
大投手・山本昌氏が「ピッチャーは思ったところに3割投げられたら完投できる」と言っている。制球とはそれくらい難しい。技巧派の山本昌ですらそうなのだから、他は推して知るべしだ。
球威やキレなど、狙ったところにいかなくても打たれない「保険」がかかっていることが望ましい。大谷が「球速の保険をかけながらファールが取れればいいと思う」という風に発言していたのも、こうした趣旨からだと推測される。
山本昌も活躍していた時期はストレートの質が高く球種も豊富であったため、多少の制球ミスはカバーできていたのだろう。
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