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ダルビッシュの上昇を支える新魔球「スラッター」を徹底解説
スポーツFLASH編集部
記事投稿日:2019.05.19 06:00 最終更新日:2022.02.14 18:08
「お股ニキ」。こんな名前の男が、あのダルビッシュ有(32)から、絶大な信頼を得ている。しかも、彼の野球論に共鳴して、変化球や投球フォームにまで、ツイッター上で助言をもらうというのだ。
制球難から、不安定な投球が多いダルビッシュ。しかし、スラッターに関しては、要所に決まる制球力を見せる。お股ニキ氏も「それを軸にしたほうがいい」と語る。
今回、お股ニキ氏が、故障からの復活を目指すダルビッシュの「上昇のカギを握る変化球」の秘密を明かしてくれた。
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今季ダルビッシュの投球で、抜群の威力を発揮しているボールがある。「スラッター」だ。このボールの被打率は.100前後、打者は60%程度しか、バットに当てることができず、空振りを繰り返す。バットに当たったとしても、ゴロが多い。
さらには、メジャーリーグ全体で、このボールの有効性が浸透してきている。バーランダー(アストロズ)やシャーザー(ナショナルズ)、カーショウ(ドジャース)といったメジャーを代表するエースが、こうしたボールを使っており、もはや若手速球派の多くが、「投げて当然」のレベルだ。
スラッターとは、カットボールをベースとした、いいとこ取りのボールだ。それを知るために、まずはストレートについて解説しよう。
ストレートはその名前どおり、上下左右にまったく曲がらず、完全にまっすぐに進む……わけではない。ほとんどの投手のストレートは、少しシュート回転しながらホップする。
右投手なら、投げた際に右斜め下に回転軸が傾いたバックスピンがかかり、そのような変化を生んでいる。人間はそれをストレートと認識している。
その対となるのが、カットボールだ。元ヤンキースの伝説的クローザー、マリアノ・リベラが武器とした魔球である。通常、カットボールの変化は、利き手が逆の投手のストレートのような変化をする。
140キロのボールで、ホームまでの到達が約0.4秒。打者はボールを最後まで見ているのではなく、途中からある程度のイメージや、過去の経験から軌道を予測して振っているので、このイメージや予測を上回ることができれば、投手は空振りや凡打が奪いやすい。
カットボールは、右投手が「左投手のストレート」を投げるようなものだから打者のイメージをはるかに超えており、打ちにくいというわけだ。リベラが、カットボールを投球の大半に据えても、打者がなかなか打てなかったのはこのためだ。
現代の野球ではデータ分析が進み、打者は、26度~30度の角度をつけた強い打球を打つことが理想の打撃とされ、ボールのやや下を打つようなアッパースイングが増えてきている。
そのため、ストレートのようにバックスピンを強め、より上にホップさせると、バットがボールの下を通過しやすくなるため、空振りやポップフライが奪いやすい。
また、今季はその高めのストレート対策のために、打者は高めを捨て、過度な打ち上げを少し変えて、低めに目をつけた対応をしてきている。
そこで、大谷翔平の武器であるスプリットのように、ストレートと似たような軌道から落とすボールの有効性が、より高まっている。そもそも空振りしやすく、打ってもゴロになりやすい、強力なボールだ。
それを受けて現在、スライダーは大きくブーメランのように横に曲げるものか、縦に落とすものに二極化している。
縦に落ちるスライダーは、ボールの進行方向とボールの回転軸が同じ、「ジャイロ回転」をさせている。そのため、ストレートのようなホップする力が減り、重力のままに落ちていく。
スライダーと兄弟のような関係にあるカットボールも例外ではなく、打者を打ち取るために、効果的な軌道が追求されている。カットボールに縦のスライダーのような軌道を出すと、スプリットのような落差が加わり、両者のいいとこ取りができる。これがスラッターだ。
投げ方的にもストレートとそっくりで、スピードや軌道も似せることができる。打者としては、左投手のスプリットのようなボールを、右投手が投げているようにも見える。
スラッターにはもうひとつ利点がある。シュート回転を強めることで、ストレートの落ち幅を大きくしているツーシームやスプリットは落ちなかったとき、球速が遅い「打ちごろのストレート」になるリスクが大きい。
しかし、スラッターはもともと打ちにくいカットボールに、落とす回転を足しているものなので、リスクは小さい。同じ動かすにしても、ストレートと反対方向にスライドさせ、なおかつ、バットをかすめるように空振りを狙うのがスラッターである。
打たせて取るだけでなく、空振りを狙い、カウント球にも決め球にも、また左右両打者に使えるハイブリッドな使い勝手のいいボールでもある。こういったスラッター、つまり落ちるカットボールが、いま猛威を振るっている。
日本でも千賀滉大(ソフトバンク)や大瀬良大地(広島)、今永昇太(DeNA)、山本由伸(オリックス)など、沢村賞を狙う投手がカットボールの落差を強めて武器としている。
日本球界も、パワーとスピードをベースとした野球になっているからこそ、メジャーと同じように、こうしたボールの有効性が高まっている。
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迫りくる「スラッター旋風」。あなたの目で認識する日も近いはずだ。
文・お股ニキ
野球経験は中学までの一般人。データ分析と膨大な試合観戦で磨いた感性をもとに、深い野球論を展開した『セイバーメトリクスの落とし穴』(光文社新書)が大ヒット中。ツイッターアカウントは「@omatacom」
(週刊FLASH 2019年5月28日号)