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稀代の業師「安美錦」引退してわかった「8つの金星の重み」
スポーツFLASH編集部
記事投稿日:2019.10.27 16:00 最終更新日:2019.10.28 18:17
●VS.白鵬/金星1(2008年三月場所・決まり手:突き落とし)/通算成績4勝37敗
同じ一門で、部屋も近所にあったことから、入門時から白鵬のことは見てきたという。
「最初は本当にひょろひょろでね。それが急に体が大きくなっていって、あっという間に番付を上げていったよ。お父さんがモンゴルの大横綱というのは知っていたけど、これが“血”なんだと思ったね」
対戦は41回。白鵬が大関だった2006年九月場所に、外掛けで初勝利。金星は10回めの対戦で挙げたもの。金星以外の3勝は、白鵬が大関時の1勝と、安美錦が小結のときにあげた2勝。ちなみに白鵬は、昭和以降でもっとも「金星配給率」が低い横綱だ。
「とにかく対応能力が高い。意表を突いた動きをしても、瞬時に対応する。その対応が、こっちの考えている上をいくものだから、やっているほうはたまらないよね(笑)。
同じ手は二度食わないから、続けて勝つことが難しい。毎回、仕切りの位置から動きから、対策を練りに練っていたけど、なかなか勝てなかったなあ」
今でもファンの語り草になっているのが、2015年五月場所の対戦。安美錦は三月場所で右膝を負傷し、その傷が癒えぬまま。そして場所直前、15年以上付け人を務めた扇富士が引退した。
土俵では、その付け人と一緒に考えつづけてきた “白鵬対策” を繰り出し、横綱の背後を取る。誰もが安美錦の金星を確信した瞬間、横綱の体がくるりと回転し、安美錦が倒れていた。その後、支度部屋で涙を流したが、金星以上の感動を呼んだ一番だった。
●VS.鶴竜/金星1(2016年一月場所・決まり手:押し出し/通算成績15勝17敗
2007年五月場所の初対戦から、安美錦が6連勝。鶴竜が大関に昇進するまでは、安美錦の11勝7敗だった。
「最初のうちは、やりやすい相手だった。うまさはあったけど、それならこっちも負けてはいないからね。それが変わったのは、向こうの体が大きくなってから。圧力で負けてしまうようになった」
横綱昇進後の鶴竜に4連敗していたが、2016年一月場所でついに勝利。鶴竜から挙げたこの金星は、安美錦にとって、2009年五月場所の朝青龍戦以来7年ぶりだった。現役最多の通算8個めで、37歳3カ月は歴代5位の年長記録。
さらに、新入幕から93場所めは、89場所の寺尾を抜いて、昭和以降の史上最長(記録はいずれも当時、昭和以降)など、記録ずくめの金星でもあった。
「モンゴル出身力士は、朝青龍やうちの部屋の日馬富士も、とにかく気迫を前面に出すタイプが多いけど、鶴竜は違う。もちろん内に秘めるものはあるとは思う。
モンゴル出身力士に共通しているものがあるとすれば、体のバランス。そしてなにより強くなろうとする貪欲さ。日馬富士も稽古場での熱量はすごかった」
横綱戦という大舞台は、安美錦にとって特別なものだった。
「それまでよりも照明が強くなるんだ。本当はそんなことないんだけど、そういう感覚がある。場内のお客さんが、ひとり残らず自分を見ている。
そんななかで、横綱に勝つ。座布団が舞う。あれ以上の経験はない。ずっと長くやってこられたのも、『もう1度あの場所に立ちたい』という気持ちを持っていたからだと思う」
対戦した横綱全員から金星を挙げているが、稀勢の里にだけは金星がない。というのも、稀勢の里の横綱昇進後は、対戦がなかったからだ(通算成績は安美錦の17勝31敗)。
「『すべての横綱から金星』というのが、自慢のネタのひとつだったからね。だから、稀勢の里が横綱になったときは『どうしようかな』と思った。対戦機会は何度もないだろうし、その間に勝てるかどうか。
『当たらなくてよかった(笑)』というのは冗談だけど、やっぱりやりたかった相手ではある。毎回、気合が入った相撲が取れる、勝っても負けても心地いい、そういう相手だった」
「じつは、もうひとつ “金星” がある」と親方。
「相撲のトレカに『金星カード』というのがあって、自分の場合は8枚。それをもらったから、奥さんの名前を手書きしたカードを足して全部で9枚、プレゼントしたんだ。でも、意味が通じてなかったみたいでさ……(笑)」
結婚前はかなりの偏食だったというが、結婚して一変。絵莉夫人は「アスリートフードマイスター」の資格を取得し、夫の現役生活を支えてきた。
親方にとって最高の “金星”(相撲界の隠語で「美人」の意)は、絵莉夫人だそうで……。最後にノロケ話、ごっちゃんでした!
(FLASH DIAMOND 2019年11月15日増刊号)