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「竹原ピストル」松本人志が惚れ込んだ弾き語りボクサーの原点

バラエティFLASH編集部
記事投稿日:2017.12.31 16:00 最終更新日:2019.07.31 17:48

「竹原ピストル」松本人志が惚れ込んだ弾き語りボクサーの原点

「人生をやり直せるなら芸人に」と語っていた大学時代

 

「フォークギター1本にハーモニカという素朴なスタイルで、歌に全身全霊を注ぎ込む汗まみれのライブ。元ボクサーという気合も含めて、有無を言わさぬ説得力が、彼の歌にはある。

 

 ともすれば、時代遅れと言われそうな武骨な男の生きざまと優しさ。今、日本で失われようとしている誠実さ。NHKはいい選択をしたのではないでしょうか」(音楽評論家・田家秀樹氏)

 

 冒頭で語られる “彼” とは、2017年『紅白歌合戦』に初出場が決まったシンガー・ソングライター・竹原ピストル(40)。

 

 松本人志がその歌に惚れ込み、「才能のある人が、日の目を見る手助けが少しでもできれば」と、自身の映画に役者として起用したり、吉岡里帆が「下積み時代、竹原さんの歌にいつも励まされていた」と語るなど、芸能界にもファンが多いアーティストである。

 

 学生時代の竹原は高校、大学とボクシング部に所属。千葉・拓大紅陵高では副部長、体育推薦で進んだ道都大学(現・星槎道都大学)では主将を務め、全日本選手権に2度出場した実力者。

 

「当時から『竹原ピストル』を名乗っていて、学生カバンにもマジックでそう書いていました。竹原さんのボクシングは、積極的に打ち合いをする一方で、足も使うメリハリのあるスタイル。パンチのスピードもすごく速かったのを覚えてます」(高校時代の後輩で、元日本ランカーの飯田幸司さん)

 

「当時から『将来は歌手になりたい』と、夢を語っていた竹原が、千葉から北海道に持ってきたのは、洋服とリングシューズとギターだけ。

 

 ボクサーとしては優しさが弱点でもあって、怪我をした私の目が治っても、顔を打ってこない。イライラして『気にするな』と言っても『すいません、できないっす!』と。

 

 あのころから変わっていない彼の成功は、我々にとって誇りというか、青春時代の継続ですね」(道都大ボクシング部の先輩・山口勝仁さん)

 

 ボクシング部の合宿所でも弾き語りで生歌を披露していたという竹原は、1999年に大学時代の友人とフォークロックバンド「野狐禅」を結成し、2003年メジャーデビュー。コアなファンを多く獲得するも、2009年解散。

 

 ソロに転身した竹原は、年間300本を超えるペースで、本人が「ドサ回り」と称する全国行脚を開始。観客が20人に満たない小さな箱から多くても200人程度と、居酒屋やバー、ライブハウスで歌いまくった。

 

 竹原が2度ライブをしたキャパ15人の東京・板橋のレストランバー「Out the blue」マスター、降矢幸雄さんが述懐する。

 

「2度めのライブをしてもらったとき、僕はプライベートでいろいろあった時期で、彼の『オールドルーキー』という歌を聴いた瞬間、嗚咽して泣いてしまったんです。カウンターの中で膝から崩れ落ちて、立てなくなって……。そんな経験は人生で初めて。それも彼の持つ歌の力ならではだと思います」

 

 竹原が3度ライブをした埼玉・南浦和のライブ&カフェ「宮内家」のマスター・宮内秀雄さんもこう明かす。

 

「彼はメジャーになっても、天狗になったりする男じゃない。彼がまわってきた全国の小さな箱の店主は皆そう思っているし、今の彼があるのは偶然じゃなく、必然だったと感じています」

 

 大晦日、愚直なまでの叫びが、聴く者の胸を撃ち抜く。

 

たけはらぴすとる(本名・竹原和生)
1976年12月27日生まれ 千葉県出身 2003年に歌手デビュー。役者としても数々の映画に出演。最新アルバム『PEACE OUT』発売中
(週刊FLASH 2017年12月12日号)

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