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川崎あや、グラドル生活を回顧「ノーギャラ現場」「SNS閉鎖」…
バラエティFLASH編集部
記事投稿日:2020.03.16 16:00 最終更新日:2020.08.18 12:37
2016年にミスFLASHのグランプリを受賞した川崎あやが、芸能界を引退する。
「撮影で着た白シャツと白水着は、受賞会見と同じ衣装ですね。懐かしいなぁ」
彼女は、そう言って、人懐っこく笑う。
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4年前の川崎をひと言で表わすなら、“お嬢様” だった。気品がありながらも、ギラギラとしていて、少し近寄りがたい。いまとは、まるで別人だった。彼女は、なぜ変わったのか。
「グラドルになる前は、親の会社で働いていました。家族経営だから、ほぼ家にいる感覚なんですよ。
社会人になって、仕事も恋愛も充実している幼馴染みが、キラキラしているように見えて、『私も新しいことを始めよう』と思いました。そして、サロンモデルに応募。立ち上がったばかりの『ゼロイチファミリア(現在の事務所)』に所属しました」
立ち上がったばかりの事務所は、苦労も多かった。
「大変だったのは、新設の事務所が新人の営業に行っても、取り合ってもらえないこと。仕事が決まらないので、2人のマネージャーとノーギャラの現場に行っては、帰りに3人で、立ち飲み屋で反省会をする日々でした。赤字生活ですね(笑)。
そのころに受けたオーディションが、『ミスFLASH』。人生でいちばんつらい期間でしたね。『絶対に負けない』という意気込みでやっていたから、まわりの人たち全員が敵に見えたし、闘志をギラギラ燃やしていたので、精神的に参りました。近寄りがたかったのはそのせいかも……」
オーディション中は、ファンからのメッセージをすべてチェックし、一人ひとりに丁寧に返信をするよう徹底した。こうした取り組みから当時、川崎は「SNSの監視員」と呼ばれていた。努力は実り、見事グランプリに輝く。
受賞会見では、「今後は、雑誌の巻頭グラビアを飾れるようになりたい」と、希望に胸を膨らませていた。だが、現実は厳しかった。すぐには仕事のオファーは増えなかったのだ。
そして、彼女の心は折れてしまう。
「2016年の夏に、撮影会で写真コンテストをやったんですよ。ファンの方が撮影した写真が、あまりにかわいくなくて、かなりヘコみました。
『私は、ポージングを含めて写真の撮られ方を研究してきたのに、ファンのみんなには、きれいに撮ろうという向上心がないのか』と。いま考えると、八つ当たりなんですけどね(笑)。
溜まっていたストレスが大爆発。すべてが嫌になって、ツイッターを閉鎖したほどでした」
どん底の時期に出演したのが、としまえん(東京・豊島区)の「ビジュアルクイーン撮影会」だった。
「もっちー(倉持由香)や、ふみにゃん(鈴木ふみ奈)、あおみん(青山ひかる)など、人気グラドルと一緒に撮影会をしてみたら、彼女たちのほうが私よりも撮られ方を研究していることがわかったし、ファンとの接し方も工夫していた。そのときに、取り組みの甘さを痛感しました」
その後、ファンとの結束力を強めて、スレンダーボディに磨きをかけたことで、川崎あやは “令和の完売ガール” に成長する。
「風向きが変わった大きなきっかけは、『ヤングジャンプ』。センター、巻頭、巻末と掲載してもらうなかで、ファンのみんなが、『次こそ、あやちゃんを表紙にしよう』と団結してくれました。
雑誌が発売されると、サイン会をしたり、読者アンケートを送ってもらえるように呼びかけたり、表紙掲載という夢をみんなでかなえていく過程は、ミスFLASHを受けたときに似ていましたね。表紙が決まったときには、嬉しくて涙がこぼれました。
ミスFLASHの経験があったから、今日まで頑張ることができました。あのとき、ファンのみんなが一生懸命応援してくれたから、てっぺんを取るまで中途半端で終われないと思えたんです」
最後の最後まで、川崎あやは「グラビアアイドル」として、走りつづける。
かわさきあや
29歳 1991年1月3日生まれ 神奈川県出身 T167・B80W52H88 「ミスFLASH2016」グランプリ。52cmという驚異のウエストラインを誇り、「くびれスト」と呼ばれている。マンガ誌、週刊誌グラビアで活躍したが、3月14日をもって、芸能界を引退。現在、写真集『ジャパニーズ グラビア』(集英社)が発売中。そのほか最新情報は、公式ツイッター(@kawasaki__aya)にて
写真・佐賀章広
スタイリスト・野田陽子(ミタケイショウ)
ヘアメイク・鈴木智枝(JULLY)
※川崎あや最後の作品となる、FLASHデジタル卒業アルバム『くびれストよ、永遠なれ』が、3月27日に光文社より3カ月限定で配信開始
(週刊FLASH 2020年3月24日号)