東京・神田の古いビルの2階。そこには夜な夜な紳士淑女が集まり、うんちくを披露しあう歌謡曲バーがあるという。
今宵も有線から、あの名曲が流れてきた。
お客さん:お、このイントロはピンクレディーの『ペッパー警部』。斬新な歌詞と、覚えやすいメロディー、そして大胆な振り付けには驚かされた!
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マスター:『ペッパー警部』は1976年、オリコン最高4位、60万枚を売り上げた。ところで、ピンクレディーという名前なんだけど、実は「白い風船」という名前でデビューする可能性があったんだよ。
お客さん:白い風船!?
マスター:デビューのきっかけは『スター誕生』、静岡から出てきた素朴な2人組で、ハーモニーが美しかったため、フォークデュオで売り出す計画があったらしい。
お客さん:スタ誕ではおそろいのオーバーオールを着ていたよな。
マスター:そのほか、「みかん箱」「ちゃっきり娘」という候補名もあったという。
お客さん:ひどい……よっぽど期待されてなかったんだね。
マスター:賞レースにほぼ参加不可能となる、8月25日デビューというのも、期待されていなかった証だね。
お客さん:なるほど。
マスター:ただ、2人のプロジェクトチームに入っていた作詞家の阿久悠と作曲家の都倉俊一は、期待されていなかったことを逆手にとって、さまざまな仕掛けをしていった。まずは名前ね。あるとき、都倉がホテルのバーで「ピンクレディー」というカクテルを頼んだときに、これだ! とひらめいたそうだよ。
お客さん:バーで注文しなかったら「白い風船」か「みかん箱」だったのか。
マスター:2人は性格も声質も違うけれど、カクテルのように溶け合って独特の雰囲気を作り出す。そんなイメージが浮かんだそうだ。
お客さん:そこから、今まで誰も見たことがない独特なアイドルが生まれたわけだ。
マスター:曲の作り方もまた独特で、阿久&都倉がテーマとタイトルを決めて、まず都倉俊一が曲を作る。それに阿久悠が奇想天外な詞をのせてゆく、というスタイル。こうしてヒット曲が量産された。
お客さん:その第1弾が『ペッパー警部』だったんだね。
マスター:『ペッパー警部』はリリース直前に田中角栄がロッキード事件で逮捕されたため、その逮捕劇と関係があるのでは、と言われたんだけど、阿久悠は明確にこれを否定している。ただ意表を突きたかったのだという。
お客さん:ピンクレディーの全盛期はわずか2年ほどだったけど、その風速は超巨大台風なみだったよな。
おっ、次の曲は……。
文/安野智彦
『グッド!モーニング』(テレビ朝日系)などを担当する放送作家。神田で「80年代酒場 部室」を開業中
参考:『昭和40年男』2016年12月号(クレタパブリッシング)/TBSラジオ『伊集院光とらじおと』(2017年12月6日)/阿久悠『歌謡曲の時代 歌もよう人もよう』(新潮社)