怪獣が大好きなウラサワ少年は、物心がついた頃から漫画を描いていた。
「僕は子供の頃から、親戚のおじさんや友達に『絵がうまいね、プロになれるね!』って言われていたんですけど、当時から『みんな漫画をまったくわかってないな。そんなに甘いもんじゃないぞ』と思っていました。
その思いは漫画家となった現在も変わらず、漫画がどうやって作られているのか、それを知ることで少しでも漫画の本質を皆さんに感じてほしいという思いから、『浦沢直樹の漫勉』(2015年~/NHK Eテレ/現在は『浦沢直樹の漫勉neo』として放送中)という番組を発案したんです」
同番組は、普段は立ち入ることができない漫画家たちの仕事場に最新カメラ機器を設置して、漫画が生まれる瞬間を収録。そのVTRを、ホストプレゼンターの浦沢と、仕事を撮影されたゲスト作家が一緒に観ながら、漫画の創作秘話を対談形式で語り合う、珠玉のドキュメンタリーだ。
「これまでずっと、テレビ番組に出るときは『漫画のアンバサダーとしてなら出演します』と言って、必ず漫画のことを紹介してきました。ただ、初めましてのディレクターさんと打ち合わせをしても、0から始めて1まで到達しない歯がゆさがありました。
『これはもう、作画中の原稿をノーカットで流し、それを観ながらプロ漫画家同士が語り合うような番組を作るしかないんじゃないか?』と放送作家の倉本美津留さんに話したところ、『それは、おもろいな!』と意気に感じてもらって。『だけど、それは浦沢さん、あなたがMC務めるしかないわ』と倉本さんに言われて、『いや、それはちょっと……』とか言っていたんですが、成り行き上、こんな形になってしまったわけです。
番組を制作する段階でもやはり一番の問題になったのは、精神を集中して描かれている仕事場に、カメラが入るなどということを、漫画家の方々に快諾いただくのは、なかなか難しいということ。まさに『鶴の恩返し』の “ふすまを開けてはなりませんよ” っていう感じと近い、とてもデリケートなものです。だから、引き受けてくださる漫画家の方々の勇気に、心から感謝しています」
『あさドラ!』執筆に『漫勉neo』の番組出演と、多忙を極める浦沢が、このたびYouTubeチャンネルを立ち上げるという。そのきっかけは?
「たまにツイッターで、『いつになったら浦沢は新作を描くんだ?』みたいな投稿を見かけるんですよ。もう単行本も5巻になるのに。
たしかに、僕はいまだに作品を電子化していませんし、そういうことからも『なかなか情報が広がらないのかなぁ』とも思っていたんですが、『もはや従来の “出版” という世界と違うところで暮らす人たちが多数派なのではないか』と思い至りまして。
では、そういう人たちと触れ合うには、どこにいけばいいんだ? と考えたら、『あっ、YouTubeだ!』となったわけです。『浦沢直樹という人間が、こういう漫画を描いてるんですよ』と、彼らの世界に “お邪魔します” 精神で入っていく方法はあるかもしれないと思いました」
●浦沢直樹が考える「コロナ禍における漫画家と読者の関係」
「僕は、自分の作品がお茶の間に置かれて、おじいちゃんおばあちゃんから孫たちまで一緒になって回し読みしてもらい、家族であーだこーだ話してくれるような存在になれたらなぁと思うんです。でも逆に、漫画というものは、ずっと漫画家と読者の1対1の関係で成り立ってきたものだとも思っていて。
僕自身、手塚治虫先生の『火の鳥』を読んだとき、作品にものすごく感動したのはもちろんですが、『これを描いた人がとにかくすごい』って、人生が変わるほど感動したんです。
このコロナ禍で、みんな巣ごもり状態の中、漫画の売れ行きは好調らしいですね。漫画家もまたこの状況下、アシスタントをリモートにしてひとりで部屋で黙々と描き続けている人も多い。もちろん、僕もその一人です。
ひとり部屋で漫画を読む読者と漫画家の、1対1の関係性は、今こそ見直すべき大事なつながりなんじゃないでしょうか。そんなことを『漫勉』や、これからはYouTubeも通じて、伝えていけたらいいですよね」
うらさわなおき
1960年東京生まれ。漫画家。1983年『BETA!!』でデビュー。『YAWARA!』『MONSTER』『Happy!』『20世紀少年』(すべて小学館)をはじめとした数々のヒット作を生み出し、国内累計発行部数は1億2800万部超。現在、最新作『あさドラ!』を、『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)にて連載中。『浦沢直樹の漫勉neo』新シーズンが6月9日スタート(毎週水曜日22:00~/NHK Eテレ)。ミュージシャンとしても精力的に活動し、2枚のアルバムを発表。公式ツイッターは(@urasawa_naoki)
写真・石井健
取材&文・吉岡命
※YouTube『浦沢チャンネル』がスタート!
※『あさドラ!』最新5巻の中には、浦沢作品ならではの “お楽しみ” も封入(『あさドラ!』第1話は、「ビッグコミックBROS.NET」で試し読み可能)