■逃げられるものなら逃げ出したかった……
とはいえ、あの世良さんの、あの『銃爪』ですから、NOという返事は考えられません。二つ返事でOKしたような……しないような……いや、やっぱり、したのかな? なにせ、当時の記憶があやふやで……。
ごめんなさい!
レコーディングしたという記憶はあるのですが、そのほかのことに関しては、よく覚えていないんです……。
いや、だから……これは言い訳になっちゃうんですが、『銃爪』が発売された1996年、デビュー10年めのわたしは、「どんどんと仕事を入れろ!」という社長の号令一下、働いて、働いて、また働いて。
3月に3枚のシングルを同時発売し、5月にはアルバム『冬美十艶』をリリース。10周年のパーティに、10周年記念リサイタル。さらに、東京・明治座で5度めの座長公演……しかも、しかもです。この年は、暮れの『紅白歌合戦』で、紅組のトリを務めさせていただくことになって……。
大トリに、北島三郎御大が控えていらっしゃるとはいえ、トリですよ、トリ! このわたしが。逃げられるものなら逃げ出したい……と思ったのは、あのときが初めてです。
――えっ!? 紅組と白組、どっちが勝ったか、ですか?
う~~~~ん、どっちだろう? ごめんなさい、それも覚えていません。
記憶にあるのは、なんとか歌い終え、抜け殻になった体を、夏ちやん(伍代夏子)、あやちゃん(藤あや子)に支えられ、 “やり遂げたぁ” という感動を引きずったまま、打ち上げ会場に向かったこと。
その途中、都はるみさんが、「あんたたち、なに泣いているのよ」と、笑顔で呟いたひと言。続けておっしゃった言葉は、今もしっかりと、はっきりと、くっきりと、記憶の奥に刻み込まれています。
「トリなんて、順番なんだからね」
…………。
え~~~~っ!? そう……なんですか? だったら、もっと、早く教えてほしかったなぁ、です。始まる前にその言葉を聞いていたら、こんなに緊張しなくてすんだのに……。
もうっっ、はるみ先輩ったら、もう少し早く教えてくださいよぉ、です。
こうして、一度は記憶の底に埋もれてしまった『銃爪』ですが、最近、アレンジをオリジナルに近い形にして復活!
コンサートでは、黒のパンツスーツに、ハットをかぶり、スタンドマイクで、ファンのハートを乱れ撃ちにしています(笑)。
さかもとふゆみ
1967年3月30日生まれ 和歌山県出身 『祝い酒』『夜桜お七』など数多くのヒット曲を持ち、『また君に恋してる』は社会現象にもなった。最新シングル『ブッダのように私は死んだ』を含む、35周年記念ベスト『坂本冬美35th』が発売中
写真・中村功
構成・工藤晋
(週刊FLSASH 2021年7月27日・8月3日号)