1996年9月3日、橋本龍太郎首相(当時)が、「『男はつらいよ』シリーズを通じて、人情味豊かな演技で広く国民に喜びと潤いを与えた」として、俳優の渥美清さんに国民栄誉賞を授与した。8月4日にガンでその命を終えてから、約1カ月後のことだった。
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渥美さん演じる「フーテンの寅」が、故郷・柴又を中心に、日本各地で出会ったマドンナたちと恋愛模様を繰り広げるドタバタ人情喜劇。長年にわたり松竹の看板映画となり、シリーズは50作にのぼる。「1人の俳優が演じたもっとも長い映画シリーズ」として、ギネスブックに認定されたほどだ。
始まりは1968年10月に放送されたテレビドラマ『男はつらいよ』(フジテレビ系)最終回の、「寅さんがハブに噛まれて死ぬ」というへんてこな結末だった。「なんだあの最終回は」と視聴者からの抗議が殺到し、映画の制作が始まった。
『男はつらいよ』の人気の秘密は、間違いなく、風来坊の寅さんからこぼれだす名言の数々だろう。
○「ザマ見ろ、人間理屈じゃ動かねえんだ」(第1作『男はつらいよ』)
○「どうした、みんな元気を出せ。もうすぐ青い鳥が見つかるぞ」(第37作『男はつらいよ 幸福の青い鳥』)
○「男が女に惚れるのに、年なんかあるかい」(第38作『男はつらいよ 知床慕情』)
○「自分を醜いと知った人間は、決してもう、醜くねえって」(第42作『男はつらいよ ぼくの伯父さん』)
とても書ききれないが、柴又にある「葛飾柴又寅さん記念館」の広報担当者にも、一番好きな名言を聞いてみた。
「私が好きなのは、秋吉久美子さんがマドンナをされていた、第39作の『寅次郎物語』での一言です。
終盤で、寅さんが甥っ子の満男に『ああ、生まれてきてよかったなって思うことがなんべんかあるじゃねえか。そのために人間生きてんじゃないのか』 と声をかけるシーンがあるんです。
何のために生きてるっていう問いかけは、ふとしたとき、誰でも考えてしまう難題だと思います。それをすっと心がやわらぐような、寅さんらしい答えにとても心を打たれたのが記憶に残っています」
渥美さんがこの世からいなくなって25年たつ。2019年には、22年ぶり50作めとなる新作映画『男はつらいよ お帰り寅さん』が公開された。
昭和を生きた人々の心には、今も寅さんの姿が見えている。