『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズの碇シンジ役で知られる人気声優の緒方恵美。声優デビューした1992年に『幽★遊★白書』の蔵馬役に起用され、大ブレイクを果たした緒方は「第3次声優ブーム」と呼ばれたムーブメントの中心にいた。当時の声優ブームををこう振り返る。
「声優デビュー時は、レギュラー番組が1~2本だったので、声優の仕事とトレーニングに専念できました。週1~2日が収録で、残りの日がトレーニングという感じでした」
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緒方がデビューして約半年後、声優専門雑誌が次々と創刊され、状況が一変したという。
「声優の仕事はあくまでも裏方。自分は黒子に徹するつもりで舞台女優から声優になったのに、表舞台の仕事も増えていったんです。雑誌のグラビア撮影をして、写真集を出す。歌をレコーディグして、ライブもやる。ラジオDJや雑誌のコラム連載、声優番組の司会もやりました。
気がつくと、月に10本以上のレギュラー仕事を抱えていました。当時は、先輩声優から『お前はいったい何屋なの?』と言われたこともありましたね。
仕事が増えるのはありがたかったのですが、声優と言い切れるほどのキャリアもなく、アーティストともいえないし、アイドルでもない。自分自身、一番難しい時期でしたね」
今でこそ人気声優が歌やグラビア活動をするのは当たり前だが、当時はそんな慣習もなく、すべてが手探りだった。「ひとりでけもの道を切り開くような日々」だっただけに、今では考えられないような出来事が何度もあった。
「雑誌のグラビアを撮影するのに、ヘアメイクもいなかったんです。声優事務所側にも、そういったスタッフが必要という認識すらありませんでした。
写真集撮影のとき、『スタイリストはいない』と言われたこともあります。『衣装はどうするのですか?』と尋ねると、『撮影当日、緒方さんの自宅に軽トラックを手配するので、クローゼットごと私服をすべて運び込んでください』と真顔で提案されたこともあります(笑)。
『ヘアメイクやスタイリストなんておこがましい』と事務所にはっきりと言われたこともありましたが、そこは自分がしっかり主張しなければ、後輩たちもそうなってしまうと……。少しずつ状況と戦うというか、なんとかしようとしていた時代ですね」
当時から現在まで「後輩や業界全体のことを考える」という変わらぬ思いが緒方にはある。
「自分のことだけでなく、業界全体を考えるスタンスは変わらないです。仕事や人間関係のすべてはつながっていて、みんなで生きているわけですから、自分のことだけ考えていてはダメなんです。
仕事はめぐるもので、自分だけ儲けようと思うと仕事って止まるんですよ。才能ある人々と一緒に働き、スタッフも守り、新人も育てていきたい。
もちろん自分一人では支えきれませんし、偽善者ぶるつもりはないですが、できればみんなで生きていきたいという気持ちが昔から強いです」
緒方は若者向けの声優私塾を運営している。私塾では、声優を目指す小学生から、すでにプロデビューしている声優まで、実に幅広い層が学んでいる。
「私の演技の基本は、仮面や鎧を身につける演技ではなく、捨てていくというもの。『本気で泣いて』と言われて泣けないのは、泣くという感情が出るのを年齢や経験で身につけた仮面や鎧で抑えているからなんです。それを自在に捨てられるかどうかが大切。
だから、生徒には『演じるためにまず自分を全部捨てろ』と指導します。それでも、今の私より自分を捨てられない生徒がほとんどです。
これは、教えるだけでできるものではないのですが、このことに気がつくと、台詞が少ない役でも苦ではない。ただ役の気持ちでそこにいればいいのですから」
おがためぐみ
1965年6月6日生まれ 東京都出身 東京声専音楽学校卒業後「ネヴァーランド・ミュージカル・コミュニティ」に劇団員として参加。1992年、声優に転身し、同年『幽★遊★白書』の蔵馬役を務める。1995年から『新世紀エヴァンゲリオン』で主人の碇シンジ役を務める。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』4部作(2007年~2021年)で再び碇シンジ役を演じる。映画『劇場版 呪術廻戦0』では主人公の乙骨憂太を演じる。3月に自身が主催する音楽フェス『Precious Anime & Game Song Festival』のクラウドファンディングを実施中
写真・野澤亘伸
ヘアメイク・杉浦なおこ
( SmartFLASH )