――かなりの試行錯誤をされたんですね。
そうなんです。最初は、水彩のすばらしさをわかってほしい、と肩に力が入っていました。でも次第に、いま見ていただいている方々に、もっと正直な姿をさらけ出したほうがいいのかな、と考え方が変わりました。
すると、視聴者の方々が、自分たちの内実を告白するようなコメントが多くなってきたんです。「私はいま苦しくてつらいけど、先生の動画を見て癒やされた。昨夜は泣いてしまいました」とか。視聴者の方々と、心のつながりができてきた感覚です。
あらためて、絵を描くということの意味を問い直しましたね。これまで、自分の創作のために絵を描いてきました。でも、僕が絵を描く工程を見て、それだけで安らぐ人も多い。絵というのはそういう力もあるのか、としみじみ思いました。
――たしかに、柴崎さんの動画はコメント欄が交流活発ですよね。柴崎さんご自身も、非常にたくさんのコメントに返信されている。そこはこだわりなのでしょうか。
できるだけ返信するよう、心がけています。コメントをくれる方は、たとえ1000コメント来ても、お一人おひとり違う人。本当は、人それぞれ違うコメントを返したいのですが、どうしても時間的に難しい。だから、少なくとも定形でいいからありがとうって返したいんです。
特に、長い文章でいろいろと深いことを書いてくれる方には、極力、僕の文章でお返ししています。
●「くそじじい」コメントにも丁寧に返す
――動画内で、呼びかけが「あなた」なのも印象的です。自分にしゃべりかけられているような感覚になります。
僕が撮影するときも、同じ感覚です。そこには100万人以上の方々がいるんだろうけど、カメラの向こうにいる「あなた」に向けて、一対一で話しています。
絵の講師をやっていると、毎回、30名ぐらいの方がいらっしゃるんです。このときも「どうかな、わかった?」と、各々に話しかけることを意識しています。30名のかたまりがいるのではなくて、お一人おひとりが集まって、30名ですから。
絵に対する考え方も違うし、僕に聞きたいことも違います。こまめな声がけをしたり、笑い話を交えながら話をしたりして、クラスの雰囲気を作っていくんです。
YouTubeでも同じように、雰囲気作りをとても大切にしています。講師、生徒という立場を超えて、人間としての敬意の払いあいを何よりも重視したい。
若いころは誰でもそうですが、お若い方が生意気に「くそじじい」とかコメントしてくることもあります(笑)。それでも「君は若くてうらやましいね」とか、「君はすごくエネルギーがあるね。今度、僕の個展に来て、そのまましゃべってくれるとうれしいな」とか、丁寧に返す。そうやって、お手本を見せてあげるんです。
すると、次は丁寧な言葉で返ってくるものですよ。まだまだ視野の狭い若い人たちに、新しい視野を広げてあげるのも、おじいさんの役目だろうと思っています。
――動画内での教え方も優しいですよね。「あなたの絵のいいところはね」とまず褒める。そうした雰囲気作りへのこだわりがあるんですね。
自分がしてもらって嬉しいことは、人にしてあげたいんです。もちろん、言ってあげなきゃいけないことは言いながら。特にYouTubeだと、こちら側からの発信がメインですから、僕の発信の仕方ひとつによって、受け手の捉え方もずいぶん違うでしょう。動画内での一挙手一投足には気を遣っています。
( SmartFLASH )