「このパッケージの中には、必死で前に進もうとしていたころの私が詰まっている気がするんです」
『仮面ライダー電王』(テレビ朝日系)で、主人公の姉役で女優デビューし、最近ではドラマ『やんごとなき一族』(フジテレビ系)での吹っ切れた演技が記憶に新しい、松本若菜(38)。
確かな演技力、トーク番組で見せる飾らない素顔で大注目の彼女がヒソカに大切にしているモノは、イギリスのロックバンド・レディオヘッドのDVD『7テレビジョン・コマーシャルズ』だという。
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「リリースされたのは2003年ですが、私が買ったのは2009年。欲しいと思ってから6年もたってしまったのには理由があって……」
DVDがリリースされたとき、松本は生まれ故郷の鳥取で会社員として働いていた。自宅にはまだビデオデッキしかなく、購入しても観る手段がなかった。リリースから3年後、彼女は大きな決断をする。
「高校1年のときに、お仕事で鳥取にいらしていた女優の奈美悦子さんと所属事務所の社長さんにスカウトしていただいたのですが、具体的にお話が進んでいくうちに怖くなってしまい、お断わりしたことがあったんです」
地元で就職したものの、芸能界で仕事をしてみたいという気持ちは、ずっと心のどこかに残っていた。そして彼女は、意を決して事務所の社長に電話をかける。
ーー私にしかできないことがあるのならやってみたいです。
単身上京し、アルバイトをしながら演技の勉強を始めることになったがーー。
「お金がなくて新しいテレビは買えず、部屋にあるのは実家から持ってきた古いテレビデオだけで……」
というわけで、まだDVDを買うことはできなかった。芸能活動が徐々に軌道に乗り始めたころ、ついにテレビデオが壊れてしまい、液晶テレビとDVDプレーヤーを購入。そして、念願の『7テレビジョン・コマーシャルズ』が、彼女の部屋にやって来た。
「やっと買えたってすごく嬉しくて、何度も繰り返し観ました。レディオヘッドはとてもメッセージ性の強いバンドで、PV集であるこのDVDもひとつひとつの作品がとても素晴らしい。観るたびに、私の心にさまざまな刺激を与えてくれました」
家族と離れ、たった一人で東京で暮らす寂しさ。この先、自分がどうなっていくのかわからないという不安。
「ずっと私を支えてくれたのが、レディオヘッドの曲であり、このDVDなんです」
今も部屋に飾り、年に一度は観て、まだ何者でもなかった松本若菜と“会う”のだという。デビューから15年を経た松本がいま取り組んでいるのは、連続ドラマ初主演作『復讐の未亡人』(テレビ東京)。愛する夫を死に追いやった人々へ、甘美でセクシーな復讐を繰り広げる。
「じつは私、ずっと色気がないと言われ続けていて…(笑)。なので、セクシュアルな要素がある作品のお話をいただいたときには『私で大丈夫なのかな?』と心配になりました」
主人公は、復讐のために名前を「美月」から「密」に変え、夫が働いていた会社に派遣社員として潜入。美しく謎めいた密は、自らの体を使ってでも、夫を死に追いやった人間に借りを返していく。
「原作は、以前出演させていただいた『金魚妻』と同じ黒澤Rさん。原作漫画はエロティックな場面が多く、ドラマでは地上波で放送できるギリギリのところを監督やスタッフと相談しながら撮影しました。ですから、色気のない松本でも、色っぽさを感じていただけるのではないかと(笑)」
オンとオフの切り替えはうまいほうだというが、自宅で愛猫のもんちゃんとたわむれているときが、もっともリラックスできるという。
「もんちゃんは具体的に何かしてくれるわけじゃないけど、彼からは受け取るものが多すぎて、もうホント感謝しかないです!」
そして、プロ並みの腕前を持つ手芸やイラストも、リフレッシュアイテムだ。
「インドア系で、家で何かを作ることが好きなんですが、最近は消しゴムハンコですね。ドラマの告知を、消しゴムハンコを使った動画でしたり。刺繍とかもそうですけど、細かい作業をしているときって何も考えない。無なんです」
ふと気づくと夜中になっていることもあるとか。
「時間がもったいないじゃなくて、それくらい集中してたんだと思うと嬉しいですね」
今年は、すでに6本のドラマに出演。これからのことを尋ねると、こう抱負を語る。
「この役は松本若菜にやってもらいたいというお話をいただくと、本当に嬉しいんです。私という存在は常に透明でいて、そこに役柄の色や、そのときの私の想いを注ぎ込むことで、その役を具現化するのが理想だと思っているので、これからもそういう気持ちで、いただいた役を演じていきたいと思っています」
その傍らには、今後もレディオヘッドの楽曲ともんちゃんと、手作りの品があるに違いない。
まつもとわかな
1984年2月25日生まれ 鳥取県出身 2007年『仮面ライダー電王』で女優デビューし、2009年に映画『腐女子彼女。』で初主演。出演作は、ドラマ『ミステリと言う勿れ』、大河ドラマ『麒麟がくる』、映画『愚行録』など
写真・田中智久 取材&文・工藤菊香