実況アナにとって、プロレス実況の最大の聞かせどころといえば、何といっても入場シーン。実況には独特の難しさがあるという。
「ビッグマッチだと特にそうですが、僕は入場シーンで何をしゃべるか、けっこう何時間もかけて考えるほうなんですよ。それなのに、中邑真輔選手(現WWE所属)がまったく聞いてない格好で出てきたりするんです。
(2015年1月4日東京ドーム大会のように)急に王様の格好で出てきたりとか。そういうときは、もう用意していたものを全部捨てるしかないです(苦笑)」
新日本と他団体の選手の対抗戦を実況したときには、こんなこともあった。
「金本浩二選手(現フリー)と、田中将斗選手(他団体「ZERO1」所属)の試合だったと思うのですが、ガチガチに固めていた原稿を読むのに夢中で、金本選手が新日本のTシャツを着て入場してきたことに反応できなかったんです。
金本選手からすれば、『俺は新日本を背負って闘う』という意識の表われなのに、そこを拾えないっていうのは、選手のメッセージを殺してしまっているわけで。
それ以降、先輩アナの古澤琢さんや、吉野真治さんから『その場にある一番大事なことは何なのかを考えてしゃべれ』って教わりましたね」
選手の言葉や生き様に影響を受けたことも多い。なかでも「ほとんどの試合で実況をさせてもらった」という中邑真輔からは、かなり影響を受けたという。
「中邑選手は、ある時期から “クネクネ” (中邑独特のクネクネした動き)し出したじゃないですか。はじめの頃はファンにもあまり受け入れられてなかったのに、いつの間にか、ファンにも支持されて、最後は僕もすっかり陶酔していた。
僕が取材したとき、中邑選手は『人がやってなくて、しっくりくる、それで受け入れられるポジションってすごい狭いけど、必ずある。そこを狙ってやろうと思って、ずっと考えていた』と言っていて。『それは実況も一緒だろ?』と言われたんですよ。
あの頃の僕は吉野さんというメイン実況の担当がいて、僕もそうじゃない何かを求めていろいろ考えていた時期だったので、真輔さんの言葉がすごく刺さった。
僕も中邑選手や内藤哲也選手のように、アナウンサーとして突き抜けた感じになりたい。ならなくちゃって思いましたね」
最後に、飯塚選手に対してどんな思いを抱いているのか聞くと、こんな答えが返ってきた。
「飯塚選手にはそれこそ何度襲われたかわかりませんし、顔にドラえもんやオバQのペイントをされたこともありました。でも、いつか飯塚選手が引退するようなときがくるのであれば、引退試合の実況は絶対に僕にやらせてほしいです」
就任当初はプロレスに関心のなかった野上アナ。しかし、その心には、いまや立派なプロレス魂、もとい「新日本魂」が宿っているようである。