林家正蔵
「若い人、今生きている同世代の皆さまに聞いていただき、楽しんでいただく。それが何より」
7月に落語協会の新会長に就任した林家正蔵はこう語った。
会長としての初仕事となったのが、8月11日に東京・谷中の全生庵で営まれた「圓朝忌」だ。同日は、幕末から明治にかけて活躍し、落語史に大きな足跡を残した初代三遊亭圓朝(えんちょう)の命日。正蔵は「圓朝作品はいつの時代も人々の心に届き、楽しませ、何かを感じさせる」と、その功績をたたえた。そして、現在、歌舞伎座で上演中であり、自身の代表作である『怪談 牡丹燈籠』を例に挙げ、「人気の若手歌舞伎役者が舞台を勤め、その舞台を若い人が楽しんでいらっしゃる」との歌舞伎の成功にも触れた。
長年テレビで「こぶ平」として幅広い世代に親しまれた正蔵は、落語を大衆に届けるということへの強い思いがある。
「圓朝忌で、正蔵さんが歌舞伎に触れたのは、本気で“ライバル視”しているからでしょうね。昔の落語家は寄席が活動の中心でしたが、いまはテレビだけでなく、ネットや動画など、若い人が触れる場所へ出ていかないと存在そのものを知ってもらえない。歌舞伎役者が現代劇に俳優として出演するのも珍しくない。『ならば落語家も』と、落語会の多様化を意識しているように見えます。落語界は現在、寄席離れや観客の高齢化、若手育成など多くの課題を抱えていますから」(スポーツ紙記者)
そこで正蔵が重視するのが、落語界の大名跡、大看板の継承だ。話題性から、集客にも一役買うことができる。落語界に詳しいライターが語る。
「ただ、落語家は歌舞伎役者のように世襲ではなく、継承するとなると一門の意見がまとまらないことが多いんです。2025年に現在の七代目三遊亭円楽が襲名した際は、円楽一門の重鎮である好楽の息子なので、わりとすんなりとまとまりました。ただ、その円楽一門ですら大看板である圓生(えんしょう)の継承の話は何度も立ち消えになっています。
さらに、新作が主流になっているからか、前座名のままの落語家が多い。例えば春風亭昇太など、いつでも師匠である柳昇(りょうしゅう)襲名が可能ですが、本人が固辞しているようです。恐れ多いというのと、やはり、前座名で得た知名度を失うリスクがあると考えられています。現在の人気落語家でこの先、襲名がありそうなのは十一代目柳家小三治(こさんじ)が期待される柳家三三(さんざ)くらい。上方も事情は同じで、大看板の桂文枝(ぶんし)を継いだかつての桂三枝も落語以外の活動は減っています。また、六代目笑福亭松鶴、人間国宝だった三代目桂米朝(べいちょう)の当代は出ていません」
そんななかで注目されるのが、正蔵の元義兄でもある春風亭小朝の「圓朝襲名」だ。
「小朝は春風亭柳朝(りゅうちょう)の弟子ですが、柳朝の当代はすでにいます。一門の大看板といえる柳枝も当代が出ています。亭号は違うものの同じ落語協会所属なので、問題はありません。ただ、圓朝の名跡はすでに亡くなった圓朝と縁の深かった個人が管理しているとされ、落語界がまとまっても解決できるものではないようです。しかし、亡くなった名跡の管理者は小朝が襲名することに期待していたともされていますから、小朝の襲名はありえない話ではないでしょう。
小朝は、正蔵が古典落語へ向かうきっかけを作った人物でもあります。そして、正蔵にとって圓朝は、単なる歴史上の名人ではなく、自分自身の落語家人生と繋がる存在。正蔵に小朝の圓朝襲名構想があってもおかしくありません」(同前)
まずは新会長として真価が問われる──。
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