
石川さゆり
映画『ロッキー』が日本で公開され、読売巨人軍の王貞治選手がホームラン世界記録の756号を放った1977年の大晦日。10歳のわたしは、瞬きをするのも忘れるくらいテレビ画面を見つめていました。
家族みんなで年越しそばをいただきながら観ていたのは『第19回日本レコード大賞』。
この年の大賞候補曲は、八代亜紀さんの『愛の終着駅』、松崎しげるさんの『愛のメモリー』、野口五郎さんの『風の駅』、沢田研二さんの『勝手にしやがれ』、桜田淳子さんの『気まぐれヴィーナス』、山口百恵さんの『秋桜(コスモス)』、岩崎宏美さんの『思秋期(ししゅうき)』、小柳ルミ子さんの『星の砂』、西城秀樹さんの『ボタンを外せ』、そして、石川さゆりさんの『津軽海峡・冬景色』の10曲です。
大賞を受賞したのは沢田さんで、最優秀歌唱賞は八代さん。もちろん、お2人ともカッコよくてキラキラ輝いていましたが、わたしの心に深く刺さったのは、真っ白なドレスを纏い、ダイナミックな振りで熱唱する、石川さゆりさんの『津軽海峡・冬景色』でした。
さゆりさんのような歌手になりたいーー。
大袈裟な言い方をすれば、わたしの人生を決定づけた一曲。初めて買ったレコードも、お祭りの
“のど自慢大会” で優勝し、おもちゃのポップコーンメーカーをいただいたのも、この『津軽海峡・冬景色』でした。
さゆりさんに近づきたい一心で、レコードがすり減るほど聴いたこの曲を歌わなくなった……歌えなくなったのは、デビュー2年めに出したアルバム『演歌全集〈女の港〜舟唄〉』がきっかけです。
さゆりさんのようにきれいなファルセットは出せないし、こぶしもうまくまわせない。ダイナミックさにも欠けるし、圧倒するような迫力も出せない……。歌えば歌うほど難しさを痛感し、歌えば歌うほど自己嫌悪です。
“メビウスの輪” から抜け出せなくなったわたしを救ってくれたのは、アレンジして歌うことでした。
それだけで歌えるようになるの? と、疑問に思う方がいらっしゃるかもしれませんが、変わります。
オリジナルと歌の世界観が変わることで、頭の中で鳴っていたさゆりさんの声を意識せずに歌うことができるようになっていました。
プロになってから、オリジナルのアレンジで歌ったのは数えるほどです。そのうちの1回は、2018年11月に放送されたBS朝日の『日本の名曲 人生、歌がある』でした。
さゆりさんとの夢の共演。リハーサルでは、イントロが流れた瞬間、10歳のわたしにタイムスリップ。すぐ傍で、さゆりさんの歌声が聞こえると同時に大号泣です。
本番はなんとか頑張りましたが、タ・タ・タ、という3連のリズムにうまく乗り切れない箇所があったり、だんだん盛り上がっていく箇所では息切れしそうになったり……。
しかも、初めて聴いた10歳のときから、さゆりさんのようになりたくて、さゆりさんのように歌いたくて、似せよう似せようと練習していた自分がひょっこり顔を出し、さゆりさんには遠く及ばない、『津軽海峡・冬景色』になっていました。
さゆりさんがこの歌を歌ったのは19歳のときで、もうひとつの代表曲『天城越え』は28歳のとき。
半世紀近くにわたって多くの方から愛され、今なお、現在進行形で愛され続けている歌をオリジナルのアレンジでカバーするというのは、大きな勇気が必要です。
さかもとふゆみ
1967 年3月30日生まれ 和歌山県出身『祝い酒』『夜桜お七』『また君に恋してる』『ブッダのように私は死んだ』など幅広いジャンルの代表曲を持つ。現在、40周年記念シングル『遠い昔の恋の歌』が好評発売中!
題字・坂本冬美
写真・中村 功
取材&文・工藤 晋
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