
「おお! キヨ!」渡辺久信は清原和博の顔を見た瞬間、満面の笑みで呼びかけた(写真・福田ヨシツグ)
1980年代後半から1990年代にかけてパ・リーグで黄金期を築いた西武ライオンズ。そのど真ん中にいた渡辺久信氏と清原和博氏は、既存の価値観にとらわれないプレースタイルやファッションから「新人類」と呼ばれ、そのフレーズは「新語・流行語大賞」(1986年)にも選出された。
渡辺氏は一昨年、GM兼監督代行を最後に西武を退団。現役時代には、最多勝利を3回獲得し、その後は同球団で監督に就任して1年めに日本一を経験している。さらに球団のフロントとしても活躍したが、現在は「仕事、ゴルフ、孫の世話」を3分の1ずつおこなう「第2の人生」を歩んでいるという。
渡辺氏と同じく高卒でプロ入りした清原氏は、2年後輩のかわいい弟分だ。だが、渡辺氏が球団シニアディレクター1年めだった2014年の宮崎・南郷春季キャンプを最後に、2人はいっさいの連絡を取っていなかったという。かつて「キヨ、行くぞ!」と声をかけ、どこへ行くのもニコイチだった2人が、7月某日、約12年ぶりに顔を合わせた――。
「おお! キヨ!」
渡辺氏が清原氏の顔を見た瞬間、満面の笑みでそう呼びかける。清原氏も笑顔で再会を喜びつつ、「その節はご迷惑をおかけしました」と詫びると、渡辺氏も黙って頷いた。
止まっていた時間が、再び動きだした。
――久々の再会ですね?
渡辺 記憶にないぐらい久しぶりだよな。
清原 いや~ナベさん、変わってらっしゃらないなって。ルーキーのとき、すごくかわいがってもらいました。
西武黄金時代のレジェンドである2人だが、現在、その古巣が躍進を遂げている。
松井稼頭央前監督が途中休養、当時編成トップのGMだった渡辺氏が監督代行を担った2024年は、球団ワーストのシーズン91敗に沈んだ。そこからたった2年でチームは浮上。交流戦は球団初の優勝を飾り、ペナントレースではソフトバンクや日本ハムと優勝争いを演じている。
――3、4月はトータルで負け越しましたが、5月6日から7連勝を記録して勢いが出ました。
渡辺 すごく戦える集団になってきたっていうのは確か。2024年は91敗を喫したけど、私が球団をやめ、首脳陣を外部招聘し、体制は変わった。それにしても、予想以上に早く成績が上がってきたなとは思ったけどね。
私が一軍監督だった2008年に優勝したときもそうなんですけど、別に私が(監督を)やっていたから優勝したのではなく、それまでに球団を率いてきた人たちが、種や水をまいて、選手の芽が出たということ。優勝した当時は “子供” だった選手が、だんだんと成長してきたちょうどいい時期が今年だったんです。
選手って成長曲線があって、おもしろいことに、チーム内でその成長のタイミングがうまく合うのよ。
そんなふうに、若手選手も試合で使って経験を積ませないと、うまくなりません。今頑張っている選手も、(松井)稼頭央前監督時代から起用していた選手たち。それがやっと結果を残すようになってきた。
もちろん、西口(文也監督)も頑張っていますよ。彼は勝負師的なところがある。また、FA補強で獲得した石井一成、桑原将志(まさゆき)の活躍も大きい。それらが噛み合っての、今の順位だと思うよ。
清原 (当初はチームが)厳しい状況だったと思うんですけれど、西口監督もよく我慢して選手を使っていますから、やっと芽が出てきたんじゃないかなと思います。
彼とは現役時代、西武で一緒にプレーしましたが、淡々とやるタイプですね。ノーヒットノーランを3回やり損ねましたが、毎回ケロッとしていました。メンタルが強い投手でしたね。
■「俺も続くぞ!」清原が注目する佐藤輝明、森下翔太の “相乗効果”
――2人が挙げる前半戦MVP選手は誰でしょう?
渡辺 私は、西武のプロ5年めの滝澤夏央選手を推します。
私がフロント時代に(隠し球として)育成で獲得してね。もともと、守備は天下一品だったんだよ。その一芸で獲ってさ。身長が164cmと、小柄な選手なんですよ。本当に中学生みたいに(笑)、ちょこちょこ動いて。
ところが、今年は打撃のほうも大躍進している。今、滝澤くんのような3割打者ってなかなかいないじゃん。出塁率は4割近く、四球も選べる。今年、一気にドカンと伸びた選手だね。後は、暑い夏場に体力が持つかどうか。頑張ってほしいね。
清原 僕はセ・リーグから、阪神の佐藤輝明選手、森下翔太選手です。佐藤選手は、去年から好不調の波がなくなりました。打者は打てなくなると、雪崩のように成績を落としてしまいがちですが、メンタルのコントロールができるようになったのかなと。森下選手も、同様に見えます。
渡辺 じつは森下、ドラフトで獲得できたんだよなぁ……。2022年のドラフトで西武は早大の蛭間拓哉をドラフト1位で獲得したんだけど、チーム編成上、森下か蛭間のどちらか一人しか獲得できない状況だったの。
清原 佐藤選手と森下選手は、同じチームでプレーしているのも大きいでしょうね。一人が打てば「俺も続くぞ!」ってなりますから。僕の現役時代では、西武時代は秋山幸二さん、巨人時代は松井秀喜が、まさにそうした存在でした。
――では、2選手がさらにレベルアップするには?
清原 今のままやることです。そして、コンディションを整えること。選手は、怪我で離脱するのがもっとも損失になりますから。1年間、怪我なくやれるかですね。
一方、監督陣も今季は大きく様変わりした。ロッテは今季からサブロー監督に、DeNAは相川亮二監督が就任。同じく新人監督であるヤクルトの池山隆寛氏、巨人の橋上秀樹監督代行は、渡辺氏と同い年だ。年を重ねてから監督を務めるメリットはあるのだろうか。
渡辺 近年は、青年監督を据える球団が多かったけど、池山監督や橋上監督代行は、やっぱりいろんな経験値が高いよ。複数球団でコーチを務めた経歴もあるしね。彼らを見ていると、年を取ってから監督をやるっていうのも、全然悪くはないと思う。そういう選択肢もアリだな、とあらためて思わされました。
――監督とフロントを経験した渡辺さんは、現場と球団でのギャップは感じましたか?
渡辺 う~ん、それはね、いろいろあります。会社(球団)の立場からすれば、いかに現場(選手)が100%力を発揮できるような環境を作ってあげられるかがもっとも大切。ハード面、ソフト面の両方からサポートすることになりますが、私の場合は現場に口は出さなかった。ほかのフロントが口出ししそうになったらストップをかけたくらい。
選手、監督、コーチ陣からすれば、会社からの注文はいろいろとプレッシャーにもなることがわかっていたから。それは現場、フロントを両方経験したからこそ得られた知見かもしれません。今、フロントからいろいろ言われる球団もあるみたいだけど……(笑)。
――楽天は、シーズン途中に吉井理人前ロッテ監督をいきなり外部招聘しました。
渡辺 まあ、普通はやらないと思うけどね。ヨシ(吉井監督)もよく引き受けたと思う。いろいろ悩んだと思うんですけど、火中の栗を拾う感じで大変だな、と見ていて思います。複数年契約など、おそらく楽天もいい条件を出してきていると思います。
一昨年の西武は、松井前監督がシーズン途中に休養して私が監督代行を引き受けたけど、当時、私は球団内にいたから、それとは次元が違う話。
当時の西武のチーム状態で、「外から引っ張ってきた人には(監督を)やらせられない」っていう考えがあった。かといって、当時二軍監督だった西口に託すわけにもいかなかった。そうなるとやれる人は限られるから、私がやりましたけど。
――選手側は、 “新人監督” をどう見るものでしょうか?
清原 僕は西武時代に森(祇晶)さんと東尾(修)さん、巨人時代に長嶋(茂雄)さん、原(辰徳)さん、堀内(恒夫)さん、そしてオリックス時代に中村勝広さん、コリンズさん、大石大二郎さんのもとで野球をしましたが、やること自体は変わりません。新監督が来て、チームがガラッと変わるっていうのは個人的には経験したことはありませんでした。
――シーズン途中に監督が変わることに、戸惑いや大変さはありましたか?
清原 それも特段感じなかったですね。自分のやることをしっかりやっていくだけだと思います。
■「大したもんでしょ」渡辺久信は教え子・今井達也を絶賛
2人の現役時代と大きく異なるのは、メジャーリーグを目指す選手が増えたことだろう。今年も西武からポスティングで移籍した今井達也(アストロズ)をはじめ、村上宗隆(ホワイトソックス)、岡本和真(ブルージェイズ)が挑戦し、奮闘している。
渡辺 みんな、すごいじゃん。西武の教え子の今井も、今季6勝め(日本時間7月22日)。大したもんでしょ。もちろん、大谷翔平くんもすごいけど、彼以外の選手ももっと取り上げてほしいよね。
――巨人の四番の後輩、岡本選手も大活躍しています。
清原 僕はメジャーの経験がないのでね。ただ、数字だけ見るとすごくいいですよね。村上くんは少し怪我をしましたが、いきなり20本塁打はただもんじゃないですよ。
渡辺 岡本くんが活躍できている要因のひとつは “守り” 。中継映像を観ていてもけっこう動けているし、ハンドリングもいい。守れないとメジャーでは試合に出られないですから。だから、村上くんと比べると岡本くんのほうが、メジャー入団時の評価は高かった。それくらい、打つ選手でも守りは大事なんだよな。
現役選手の台頭の裏で、2025年には大物がこの世を去った。清原氏が巨人FA時に師事した長嶋さんだ。6月で一周忌を迎えたが、清原氏は今、どんな思いを抱えているのだろうか。
清原 亡くなられてから、あっという間の1年でしたね。葬儀に参列させていただいたんですけど……すごくきれいな顔をされていました。
野球界のレジェンドらしく、89(野球)歳で亡くなられましたが、僕にとってはスーパースター以上の存在です。神の域ですから。いつまでも心の中には長嶋さんが存在しています。
そう語る清原氏の目は、自身の現役時代を見ているようだ。かつては “ニコイチ” として知られた渡辺氏と清原氏。2人にあらためて西武時代の話を振ると、積もる話に花が咲いた――。
わたなべひさのぶ
1965年生まれ 群馬県出身 前橋工業高校卒業後、1984年にドラフト1位で西武入団。工藤公康、郭泰源らとともに主力投手として、NPB通算125勝。1998年、NPB引退後は、台湾でも活躍した
きよはらかずひろ
1967年生まれ 大阪府出身 PL学園高校時代は甲子園歴代最多の13本塁打を記録。1986年、ドラフト1位で西武入団。巨人、オリックスを経て2008年に引退するまでの通算本塁打は525本
取材/文・山戸英州
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