
大黒摩季(左)と相川七瀬(写真・福田ヨシツグ ヘアメイク・Yuu.(大黒)、久保フユミ(相川))
デビュー30周年を記念した相川七瀬の「BIG BANG対談」第14弾は、“不屈のミリオンクイーン”“恋愛ソングのカリスマ” 大黒摩季。高校時代、ファンクラブに入るほど夢中だったという、筋金入りの大黒ファンの相川が、デビュー曲『STOP MOTION』、そして、ミリオンソングとなった2ndシングル『DA・KA・RA』の誕生秘話に迫る!
相川 PUFFYの(吉村)由美ちゃん、GACKTさん、ELTの“もっちー”(持田香織)、“ヤイコ”ちゃん(矢井田瞳)、LUNA SEAの(河村)隆一さん、hitomiちゃん、SOPHIAの松岡(充)くん、TRFのYU-KIさん、前回のMAXもそうだったけど、大黒さんとも対談は初めてです。
大黒 だね。とにかく私は、仲よくならないオーラを出し続けている人間なので、友達も少ないから(苦笑)。
相川 そうなんですか!?
大黒 アーティストの人たちにも、自分から「お友達になりましょう!」と言ったことは一度もなくて。向こうから来られて、そのうち仲よくなるというのがほとんど。相川もそのパターンだったよね。
相川 たしかに……。大黒さんのおっしゃるとおりです(笑)。
大黒 知り合いは、いっぱいいるんですよ。でも、えこひいきするわけじゃないけど、私のなかで親友と呼べるのは5人くらいまでという線があって。最近、相川がその線を越えて、こっち側に食い込んできている感じですね(笑)。
相川 本当ですか(笑)。
――若いころからそうだったんですか?
大黒 若いころは来てくれるのがうれしかったから、全部引き受けていたんだけど、それで自爆しちゃって。50歳を超えたときに、もう他人のことには首を突っ込まないと決めたんですよ(苦笑)。
――自分が決めても、巻き込まれることもありますよね。
大黒 あるね(苦笑)。この人、かわいそうだからってがんばっていたら、要領のいい人たちに押しつけられて、いつの間にか中心になっていたりとかね。私の人生、ずっとそんな感じだったから。そのうえ、かわいいからって、あっちにもこっちにもいい顔するというのはね、たいへんすぎる(苦笑)。
相川 2人とも猫大好きの“猫ラー”だから、猫の話で盛り上がるんだけど、大黒さんの場合、その面倒見のよさが猫にも出ている気がします。
――お2人とも、何匹飼われているんですか?
相川 ウチは、2匹。もう1匹増やそうかどうか、いま悩んでいるのですが、大黒さんは6匹ですよね。 “6” は、私には無理だ――。
大黒 猫かわいがりをしている人はそうかもしれないけど、私は猫以上に猫っぽい性格だから、何匹いても気にならない。猫が「ちょっとご飯が食べたいんですけどぉ」とやって来たら、「もう、そんな時間? 気がつかずにすまんかったねぇ」と、ご飯をあげる感じだからぜんぜん平気。
相川 私はいつか、犬も飼いたいなぁって思うんだけど、いまの生活スタイルに合わないんですよね。
大黒 ボルゾイとかアイリッシュセッターとか、大型犬をランドクルーザーとかに乗せて、風を切って走るというのは、絵的にもカッコいいし、あこがれるんだけど……。
相川 大黒さん、似合いそう。
大黒 でもね、ワンコって家に帰ったら、尻尾をブンブン振りながらお迎えに来るじゃない? あれがもう無理な感じがする(笑)。
相川 あはは。
大黒 四六時中見られるのも、べろべろ顔を舐められるのも、ホント無理(笑)。
相川 ワンちゃんは、距離が近い生き物ですからね。猫みたいに独自の距離を必要とはしないかも。
大黒 クリエイティブな作業をしているときは、100%、自分ひとりの時間じゃないと無理。とくに音に関しては、夜中の静かな環境で“音が自分から鳴るのを待つ”感じだからね。
■“最高にいい音” がふわぁ~と降りてくる
――“音が自分から鳴るのを待つ”というのは、どういう感じなんですか?
大黒 あーして、こーして、と頭で考えて作った音は、それだけのものでしかないんですよ。そうじゃなくて、ある瞬間、ふわぁ~と降りてくる音が最高にいい音で。降りてきたときは、「ウェ~イ!!」と笑っています。
――夜中にひとりで、ニヤニヤしちゃう?
大黒 そう。「やっぱ、私って天才!」とか思いながらですね(笑)。で、いったん寝てから、今度は俯瞰で推敲していくんだけど……。感情が動いているときは、その感情を止めないようにしてますね。動いている感情を止めると、振れ幅の狭い曲になっちゃうから。
相川 大黒さんの書く歌詞って、その時代の女性の心を代弁しているじゃないですか。聴いていて、「あっこれ、私のことだ!」と思える歌詞が多いんですけど、大黒さんのなかで歌詞ってどういう位置づけなんですか?
大黒 私の第一言語は音だったから、歌詞は後づけというか、高校生くらいまではメロディ譜や歌詞が書いてある歌本を読み物として読んでいたんだけど、自分をごまかした歌詞しか書けなくて……。
相川 リアルを書いているんですか? そうなったきっかけは?
大黒 マドンナとか、アレサ・フランクリンの影響が大きい。彼女たちは赤裸々に生活そのままを書いていて、それが自分のことを書いているみたいに思えたんだよね。
相川 大黒さんの歌詞のスタート地点はそこなんですね。
大黒 同じように、ボブ・ディランに出会って、戦争のことを歌ってもいいんだと思ったし、ブルース・スプリングスティーンを聴いて、反抗って大事なんだと思ったし、自分探しの旅をしたいときは、ニール・ヤングだぞ、とかね。私の場合、とにかく全部が音楽なんですよ。
相川 デビュー曲の『STOP MOTION』以降、大黒さんが書く歌詞は、全部実体験なんですか? ちょっとだけ、フィクションが入っているとかありますか?
大黒 いまだに全部リアル。全部、私の気持ちです。救いたいのはいつだって、あなたじゃなくて、わ・た・し(笑)。
相川 わぁ……!! そう、なんですね。4枚めのシングル『別れましょう私から消えましょうあなたから』を聴いたとき、大黒さんって、こういう恋愛をしてるんだろうかと、もうめっちゃ考えて。そうか……あの恋もリアルなんですね(笑)。
大黒 最新アルバム『55 BLACK』に、『別れません私から消えませんあなたから』という32年後を歌った曲があるから聴いてみて。こっちのほうが怖いから(笑)。
■ビーイングをやめてアメリカ放浪の旅へ
相川 高校生のとき、大黒摩季ファンクラブに入っていた筋金入りのファンである私から、大黒さんにひとつ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?
大黒 なんでも聞いて。
相川 大黒さんは18歳のときに、アーティストになるために北海道から東京に出て来たんですよね。
大黒 そう。
相川 で、デビューのきっかけってなんだったんですか。
大黒 えっ!? 知らないの?
相川 そういう話は聞いたことがないです。
大黒 話してもいいけど、長くなるよ(笑)。
――前後編、全部使いきってもいいので聞きたいです。
相川 私も!
大黒 東京に出てきて、ビーイング(現・B ZONE)のオーディションを受けて受かったらしいんだけど。
相川 不確定なんですか?
大黒 うん。プロデューサーから「いまの君は普通。でも、可能性はあるからバックコーラスをやりながら勉強しなさい」って言われて。普通にバイトするよりは、ぜんぜんいいだろうと思ったんだよね。
相川 それで、B'zやZARD、TUBEのバックコーラスをしていたのですか?
大黒 そう。でも、いつまでたってもデビューの話はなくて、ひたすら山のようにバックコーラスをしてた(苦笑)。
相川 それって、何歳のときですか?
大黒 19、20、21くらいかな。で、あるとき、こんなことやるために東京に出て来たんじゃないと、暴動を起こして。
相川 暴動!?
大黒 最後のほうは、まぁまぁ稼げるようになっていたし、それはそれで楽しいと思う自分がいたんだけど、性格上、このまま続けていたら埋没しちゃうなと思って、「やめます」と宣言して、アメリカに、放浪の旅に出たんだよね。
相川 えっ!? ということは、1回ビーイングをやめてるんですか!?
大黒 正式にやめたことになっているかどうかはわからないけど、私的にはやめてた。デビューさせるって言ったのに、いつまでたってもその話はないし……“嘘つき! もう、大人なんて信じない!!”という感じで(苦笑)。
相川 それでアメリカに?
大黒 歌に魅力があればアメリカでも通用するだろうし、ダメだったらバックコーラスで生きていくしかないと思って行ったんだよね。
相川 すごいな。
大黒 いまでも覚えているけど、ニューヨークのビッグママと白人の太っちょのおじさんがいるイースト・ヴィレッジの小さなライブハウスで歌ったんだけどさ、自分がいちばん得意なキーのブルース進行の音で、目をつむったまま10分くらいスキャットし続けて。
相川 マジ…ですか?
大黒 マジ、マジ。当時のライブハウスは、音が外にバンバン漏れているような造りだったから、(大黒の歌声を聴いて)お客さんが増えたらギャラも考えてやるって言われたんだけど、それがいっぱいになって!
相川 ドラマになりそうな話ですね。
大黒 太っちょのおじさんが、儲かったからとギャラを2000ドルくれて。「お前が評価されない日本なんか捨てて、こっちに来い」って言ってくれたんだよね。
相川 話がすごすぎて、鳥肌が立ちました。
大黒 でね、飲みながらビッグママに、「私はハスキーボイスじゃなくて、アレサのような太い、本物のソウルな声になりたいんだ」って言ったら、何言ってんだと叱られて。
――大黒さんが叱られたんですか?
大黒 そう。ハスキーは技術さえあれば、エアな声もハーフもミドルも全部出る。世界ではクリスタルボイスといって、みんながほしがるお宝なんだよって。私もあんたの声がほしいよって、言ってくれたんだよね。
――もしかしたら、アメリカでデビューした可能性もあったんですね。
大黒 大丈夫。世の中、そんなに甘くはないから(笑)。
相川 で、その後どうしたんですか……?
大黒 ホテルに帰ったら、留守番電話にビーイングのプロデューサーから何回も電話が入っていて。折り返したら、「すぐ帰って来い!」って。
相川 日本で何があったんですか?
大黒 アメリカに来る前、同じビーイングのSILKさんに、「よかったらこれ、歌ってください」と言って、私が作った『STOP MOTION』を渡したんだけど、その評判がすごくよかったみたい。
――ちょっと待ってください。『STOP MOTION』って、大黒さんのデビュー曲ですよね?
大黒 「お前も歌えばいいじゃないか」って言われたんだけど、私の美意識的には、1回SILKさんにあげたものだから、それはできないというのがあって……。
相川 それから、どうなっちゃうんですか。
大黒 正直にSILKさんに話したら、「一緒にやろうよ」と言ってくれて。「アレンジ違いで、同じ曲を歌ったっていいじゃない」と言ってくれてね。SILKさんはいい人だから。
相川 そういう経緯があったんですね。知らなかった……。
大黒 結果、いい感じに2人とも売れなかったんだけどね(苦笑)。
相川 でもそれは、ミリオンセラーとなった2ndシングル『DA・KA・RA』につながったんですよね。
大黒 う~~~~~ん。それが、そうでもなくて(苦笑)。そこにはまた違うドラマがあるんだけど……。
――すみません。紙幅の関係で、前編はここまでです。大ヒット曲誕生の秘話は、後編でお願いします!
おおぐろまき
1969年12月31日生まれ 北海道出身 高校卒業後、アーティストを目指して上京。スタジオ・コーラスや作家活動を経て、1992年『STOP MOTION』でデビュー。2作めのシングル『DA・KA・RA』をはじめ、『チョット』『あなただけ見つめてる』『ら・ら・ら』など、ミリオンヒットを連発。2025年8月にオリジナルアルバム『55 BLACK』をリリース。宮崎(9月19日)を皮切りに、佐賀、福岡、10月には北海道の各都市で、『MAKI OHGURO LIVE TOUR 2026 -55 BLACK RETURNS-』を開催予定
あいかわななせ
1975年2月16日生まれ 大阪府出身 1995年『夢見る少女じゃいられない』でデビュー。その後もヒット曲を数多く世に送り出す。2024年に國學院大學神道文化学部卒業。2026年、同大学院博士前期課程修了。今年11月2日、30周年ツアーファイナルとして日本武道館でのライブが決定。現在、相川七瀬30周年を記念したオールタイムベストアルバム『Rock‘N’Roll Journey~30th Anniversary Best~』が発売中!
取材&文・工藤 晋
写真・福田ヨシツグ ヘアメイク・Yuu.(大黒)、久保フユミ(相川)
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