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【食堂のおばちゃんの人生相談】40歳・公務員のお悩み
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2020.05.08 11:00 最終更新日:2020.05.08 11:00
「食堂のおばちゃん」として働きながら執筆活動をし、小説『月下上海』で松本清張賞を受賞した作家・山口恵以子。テレビでも活躍する山口先生が、世の迷える男性たちのお悩みに答える!
【お悩み/音感ゼロさん(40)公務員】
5歳の娘が希望してピアノ教室に通い始め、20万円の電子ピアノも買った。ところがわずか3カ月で「行きたくない!」と言い出し、妻と大喧嘩に。
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私は、「続けるのもやめるのも娘の自由だ」と思うが、家が狭いのでピアノの処置に困っている。新しいうちに下取りに出したほうがいいのだろうが、また娘が「ピアノやりたい」と言う可能性もあるかもしれず……。
【山口先生のお答え】
ゲゲッ! お悩みを伺ったら「今だから話せる暗い過去の想い出」が蘇ってきましたよ。ピアノ……。
実は私も、小学校5年生から中学一年くらいまでピアノのお稽古に通っていまして、バイエルからツェルニーの最初くらいまで弾きました。で、バイエル教本の最後には「楽しき農夫」と「エリーゼのために」が載っていて、練習したんですよ。
私、音痴なんです。母と長兄(両方下戸)は絶対音感があって、父(酒豪)と次兄(スケールの小さい酒飲み)と私(大酒飲み)は見事に音痴です。ま、酒と絶対音感は関係はないですけど。
それで、私が「楽しき農夫」をモタモタ練習していたら、母が「もう、全然楽しそうじゃないわね。それじゃ『苦しき農夫』よ」と。
「エリーゼのために」を練習していたら「アンタのピアノをエリーゼが聞いたら『そんなみっともない曲、私のために作ったんなら、いらないわ!』って怒っちゃうから『エリーゼの怒り』ね」。
そして更に「エリーゼが聞いたら頭痛くなるから『エリーゼの偏頭痛』」「エリーゼの悶絶」「エリーゼの発狂」とエスカレートして、ついに私は堪忍袋の緒が切れて「じゃあ、やめてやらあ!」と……。それ以来私はピアノが大嫌いになり、今では見るのも嫌です。
正直、私がピアノを習い始めた動機も不純で「両手でピアノ弾けたら格好いいだろうな」という気持ちでした。ピアノが好きだったわけではなく「ピアノを弾ける私」になりたかったんですね。
6年生の時だったか、簡単な合唱の伴奏をする役目を任されました。どうやって良いのかわからなかったので、長兄(ギターとトランペットを演奏)に相談したら、いきなり右手で主旋律を弾き、左手で伴奏の和音を弾いてくれました。
それが、一度もピアノの稽古をしたことがないのに、私よりずっと上手いんですよ。私、本当にショックでした。自分に音楽の才能がまるでないことを、イヤと言うほど思い知らされました。数年間のピアノの稽古は、何の役にも立たなかったのです。
私の場合は安いオルガンを買ってもらっただけなので、ピアノをやめても大した実害はなく、引っ越しをするまでオルガンは物置台として役に立ってくれました。
それで、あなたのお悩みですが、母娘喧嘩の火種になる電子ピアノは、早いうちに下取りに出した方がよろしいと思います。そして、いつかまた娘さんが「ピアノを弾きたい!」と言い出したら、ネット情報など活用して、お買い得の中古品を購入しては如何でしょう。練習用ならそれで十分だと思われますが。
私は日本舞踊の稽古を通算30年ほど続けまして、よくわかったのは「才能は努力を要求する」ということです。
踊りの才能のある人は踊らずにいられません。ピアノもバレエも絵画も書道も、みな然りです。人に尻を叩かれるまでもなく、自分でそれをせずにはいられないのです。嫌々やるお稽古は、結局身につきません。
娘さんはまだ五歳です。ご両親で温かく見守ってあげて下さい。
やまぐちえいこ
1958年、東京都生まれ。早稲田大学文学部卒。就職した宝飾会社が倒産し、派遣の仕事をしながら松竹シナリオ研究所基礎科修了。丸の内新聞事業協同組合(東京都千代田区)の社員食堂に12年間勤務し、2014年に退職。2013年6月に『月下上海』が松本清張賞を受賞。『食堂メッシタ』『食堂のおばちゃん』シリーズ、そして最新刊『夜の塩』(徳間書店)が発売中