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世阿弥に学ぶプレゼン術…視覚と聴覚への上手なアプローチとは

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2020.07.01 16:00 最終更新日:2020.07.01 16:00

世阿弥に学ぶプレゼン術…視覚と聴覚への上手なアプローチとは

 

 室町時代に活躍した能楽師・世阿弥の『花鏡』に、「先聞後見(先づ聞かせて後に見せよ)」という言葉があります。「謡の文言が先に聞こえ、そこにしぐさが加わるほうが風情があって美しく見える」という意味です。

 

 世阿弥は、「泣く」演技を例に挙げて語っています。まずは謡で「泣く」という言葉を聞かせ、少し遅らせて袖を顔に当てて泣くしぐさをする。こうすると、その泣く演技はしぐさで完結するので美しく決まる。

 

 

 先に動いて、観客が「泣く」という言葉をはっきりと聞き取れないうちに泣くしぐさをすると、言葉があとに取り残されるので、どことなく落ちつかない風情になってしまうのだ、と。

 

 だから謡の言葉としぐさは、同時であってはいけない、ましてやしぐさのほうが先んじているのはさらにいけない。聞く心と見る心が前後して、ちぐはぐな感じを与えてしまうと戒めています。

 

 観客の立場になって考えれば、まず言葉が耳に入ってくることで、情景をすっと思い描くことができます。「ああ、悲しくて泣かずにいられない気持ちなんだ」と想像できる。そこで泣くしぐさを見るので、情感が伝わってきて一層グッときます。

 

 現代では、視覚情報と聴覚情報が脳に伝わるしくみが違うことがわかっています。聴覚のほうがイマジネーションを喚起しやすいことも、また視覚と聴覚のアプローチを少しずらしたほうが効果的だというのも理解しやすい。

 

 しかし世阿弥は、すでに600年前にこのことを体得し、言語化することができていたのです。こういうところに、世阿弥の恐るべき天才性が垣間見られます。

 

 私たちの日常も、「先聞後見」をちょっと意識するだけで印象が変わり、人の心に残りやすくなります。たとえば、挨拶がそうです。

 

「どうぞよろしくお願いします」
「ありがとうございました」

 

 なにげなく頭を下げながら、なにげなく口にしていませんか?
姿勢を正して「どうぞよろしく」まで言ったところで、お辞儀をしながら「お願いします」と言う。「ありがとう」は相手の顔を見て言い、「ございました」でしっかりとお辞儀をする。

 

 これを、「言葉が先で、お辞儀が後なので『語先後礼』」と言うこともあるそうです。就職活動のために、面接で失敗しないマナーを習いに行ってきた学生が教えてくれました。

 

 また、マナーの先生によれば、お辞儀で頭を上げるとき、ゆっくりと上げると美しい所作になる、といいます。これなども、言葉で終わるのではなく、しぐさで締めると美しい、という世阿弥の教えに通じるものがある気がします。

 

 あらためて周りに注意を向けると、意外とこれが行われていることに気づきます。テレビのニュースでは、必ず先に音声情報で伝えます。「○○に関しての続報です」と言葉があって映像が流れる。「次はお天気です」と言ってから、お天気キャスターの人が出てきて予報を伝える。

 

 当たり前のこととして受けとめていますが、その一言が耳から入ってくることで、「おっ、そのニュース、知りたかったんだ」「天気、気になるなあ」と、その情報への意識が促され、見たくなるのです。

 

 プレゼンテーションでも、「先聞後見」を意識することで関心を惹きつけやすくできます。いまは視覚情報が非常に重視される時代ですから、皆さんプレゼンのときにはビジュアル要素をふんだんに入れたスライドを準備して臨みます。

 

 ともすれば、その資料づくりでプレゼンが7割がた終わったような気分になることもあるのではないでしょうか。そして、準備したスライドの説明に終始するようなプレゼンになってしまう人もいます。

 

 スライドを次々と見せながら、つまり先に視覚情報を出しておいてから、「次のこれはですね、○○について調べた結果をまとめたものになります」と、あとから話す。これだと、人の意識は目に飛び込んでくるものに向かいやすいので、じつは説明があまり入ってきにくいのです。

 

 同じスライドを見せるにしても、「これとこれを比べてみたところ、こんなに違いがはっきり出ました。その結果がこちらです」と先に言葉で伝えて関心を引き寄せてから、スライドのデータを見せる。

 

 こうすると、いちばん見てほしいところに意識を向けてもらいやすくなります。聴覚からの情報により、想像力が喚起される、そこに視覚情報が入ってくることで説得力が出る。このメカニズムをしっかり活用してください。

 

 

 以上、齋藤孝氏の新刊『座右の世阿弥~不安の時代を生き切る29の教え~』(光文社新書)をもとに再構成しました。現代的で、未来的ですらある世阿弥の言葉のエッセンスに触れてください。

 

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