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昆虫&植物の表紙撮影を42年「ジャポニカ学習帳」写真家の波瀾万丈探検記
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2020.11.01 06:00 最終更新日:2020.11.01 06:00
「ネプチューンオオカブト、エレファスゾウカブト、アクティオンゾウカブトなどの巨大なカブトムシも、中南米の広大な森林にいます。近年の急激な森林伐採で生息環境が悪化していることは確かです」(山口氏)
海外ならではの恐怖体験も。
「中米・ホンジュラスでは、(2)ヘラクレスオオカブトを撮影しました。山奥の朽ち果てた山小屋で2週間ほど宿泊した際、近くの小川で顔を洗っていると、対岸にジャガーが……。
それ以上に怖かったのは、南米・コロンビア。首都・ボゴタで高山蝶を撮影した帰り、数人の強盗に囲まれたんです。全財産を持ち歩いていたので、必死で抵抗したら、刀で額を切られて。血しぶきで、ほとんど目が見えなくなりました。それでも抵抗し続けたら、今度はピストルを出されてギブアップ。
逃げ去る強盗を追いかけようとしたんですが、さすがに周囲の人に止められました。結局全財産奪われて、血まみれのまま現地の警察で事情聴取を受けたんです。そのあとパスポートが再発行されるまで、日本大使館の管理するマンションへ。そこで落ち着いたとき、ようやく恐怖が襲ってきました(笑)」
相手は生き物と自然。もちろん、こちらの都合でチャンスを与えてはくれない。
「ナミビアのナミブ砂漠では、(3)サカダチゴミムシダマシを撮影しました。彼らは砂丘の上で、逆立ちをするんです。そして体に付着した水滴を口に集めて、水を飲む。乾燥した砂漠で生きるための知恵ですよね。
霧が出た日の明け方に見られるのですが、10日に1回しか霧が出ないんです。これは耐久戦でした。砂漠は見通しがよいので、30m先でも見つけられるんです。でも砂が振動を伝えるので、そーっと近づいて撮影するのが大変でした。
日中は砂の中に潜っているので、夜明け前の霧が出るときを狙うしかないんです。毎日朝4時に起きて、霧が出たのは1週間後。外に出ると、視界がきかず、すぐにびしょ濡れになるほどの深い霧で、靴に砂が入りますし」
限られた時期にしか見ることができない絶景も。
「南米・ブラジルでの体験は忘れられません。(4)パラグアイオオオニバスと、その受粉を媒介するコガネムシの撮影を、パンタナル自然保護地域でおこないました。乾季にだけ入ることができて、船で移動するんです。雨季になると入れない場所なので、貴重な写真になりました。
水面に浮いた葉は、大きいもので直径2mほどまで成長します。極楽浄土のような光景ですが、周囲はジャガーの生息地。1日に10頭くらい見ました。歩くスピードが速く、襲われるのではとヒヤヒヤしました」
山口氏が出会ったなかでも、とくに印象的だった昆虫ベスト3は?
「第3位はチリクワガタ。ダーウィンの『人間の由来』で紹介されていて、ずっと見たかったんです。オスの異様に大きな顎は迫力満点でした。
別名をダーウィン・ビートルといい、『性淘汰』の例として有名。オス(写真)とメスの大きさがあまりに違うのは、異性をめぐる競争の結果だという理論です。集まるブナの木が広大な生息地の中に数本しかなく、探すのに苦労しましたね」
「第2位はパプアキンイロクワガタ。厚みがある体に反り返った顎、金属のような光沢が美しかったですね。
とにかく苦労しました。見つけるまでにかなり時間がかかったんです。“4度目の正直” でした。近くに宿がなく、集落にお世話になったのですが、集落同士の抗争が激しくて。敵対する集落を、はしごして怒られたり(笑)」
「第1位はハナカマキリ。幼虫の一時期だけ、このような姿になります。ランの花に隠れて狩りをするという定説でしたが、まったく異なる生態がわかったんです。
花がない草の上で、驚異の成功率でミツバチを捕食していました。つまり、紛れるのではなく、単体で花に擬態していたんです。大学で調べてもらった結果、大顎からミツバチを引き付ける物質を出していたこともわかりました。根気よく観察を続けた甲斐がありました」
近年、昆虫嫌いの子供が増えているが……。
「都市部って、ゴキブリ・ハエ・蚊など、イメージの悪い昆虫が多いですよね。だから、嫌いになるのもうなずける。一方で、インターネットが普及して、いろんな昆虫を手軽に見ることができます。最近多い昆虫好きの女性なんて、ひと昔前まで聞いたことがなかった」
最後に、これからの “野望” を聞いた。
「これ(上の写真)はフーカーの書いた『ボタニカルマガジン』で、貴重な本です。撮影に行った世界各国で古書を収集するのが趣味で、日本に3冊しかない探検記もありますよ。
いまは、そうした趣味で集めている古書に出てくる昆虫と、その写真を組み合わせた作品を考えています。ただ写真を見せるより、とっかかりがあったほうが楽しいでしょう。
『ファーブル昆虫記』に出てくるフンコロガシは、汚ない名前ですが、とても魅力的ですよね。最初から拒絶せず、好奇心を持って向き合った先には、素敵な世界があるはずです」
やまぐちすすむ
1948年生まれ 三重県出身 脱サラ後に昆虫植物写真家となり、ジャポニカ学習帳の表紙を42年担当。『ダーウィンが来た!』(NHK)の撮影、企画も手がける
写真・野澤亘伸(山口氏の写真)
(週刊FLASH 2020年11月10・17日号)