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孤独の解消はイギリスに学べ…高齢者の願いをかなえるために「逮捕ごっこ」も
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2021.07.25 20:00 最終更新日:2021.07.25 20:00
イギリスのメイ首相は、「孤独担当相」を世界で初めて創設したことで大きな注目を浴びた。実際、私の見た限りでは、孤独な人に手を差し伸べる仕組みは完璧ではないにしても、すでにイギリスでは基盤はできているように思われる。
イギリスにはかねてより弱者のために無数のチャリティー団体が存在していて、活発に活動している。
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高齢者からのヘルプを求める電話に対応する「シルバーライン」は、一人の女性が自分の経験から創設したし、カフェのコスタ(イギリスのカフェチェーン最大手)に「おしゃべりテーブル」を設置するように持ちかけたのも、育児中の母親だ。
男性を孤独から救う「メンズ・シェッド」も定年後の男性の創設である。街を歩いてもパブに入ってもテレビを見ても、社会的弱者を守り生かす取り組みが目に飛び込む。政府が孤独担当相を作ろうと作るまいと、すでに根を下ろしていると確信する。
高齢者のためのチャリティー団体には、ユニークな活動を行うものがある。
慈善団体「Alive Activities(アライブ・アクティビティーズ)」(本部ブリストル、2009年設立)は、「老人ホームに暮らす高齢者が外部の社会と密接につながり、個人として価値ある存在であることを認識してもらう。ダイナミックな行動を促し、創造性を養ってもらう」がモットーだ。
高齢者には楽しくて、機会に恵まれた意味ある毎日を過ごしてほしいという。つまり、高齢者にとって現在の暮らしをもっと幸せにするのが目的だ。
とにかくアイディアがユニークだ。たとえば、地区で行われる文化、スポーツなどのクラブや同好会などに、可能な限り老人ホームの高齢者に参加してもらう。子どもたちが帽子をこしらえ、老人ホームを訪問して高齢者にプレゼントする企画も人気があった。
また、ゆるやかな坂に厚手のビニールを敷いて、その上に大きくて厚手のクッションを重ね、高齢者を乗せて坂くだりをしてもらう。あまりに大胆な企画に、「高齢者がけがをするのではないか」「怖くて尻込みするのではないか」と心配する声も少なからず上がった。
しかし、やってみると高齢者に大変な人気だった。坂くだりを一度で止めてしまう人はめったになく、二度三度とすべりたがった。事前にボランティアのスタッフが何度も実際に坂をすべり下りて、「これなら絶対に大丈夫」というところまで改良を重ねた努力が実った。
「あんな、高齢者のはじけるような笑顔は見たことがない。頑張ったかいがあった。すべて報われました」と話したという。
また、古い台所道具や家具などを地域の家庭から借りてきて図書館に並べ、高齢者の記憶をよみがえらせ、同世代の人たちと思い出を分かち合う企画も人気だった。懐かしさのあまり高齢者の目はきらきらと輝き、話に花が咲く。それは自分の生きた時代を肯定することなのだ。つまりは自分の人生の肯定に通じるという。
■おまわりさんごっこ
圧巻なのは慈善団体「アライブ・アクティビティーズ」の「Wishing Washing Line(ウィッシング・ウォッシング・ライン)」というプロジェクトだ。イギリス西部、ブリストルの町で実施された。
ある日、地元のスーパーマーケットに一つの箱が設置された。この箱には、高齢者なら誰でも願い事を書いて投函できる。締切日を過ぎると、箱から出された願い事リストが、店内の洗濯物干し用ロープにズラリと吊るされるのだ。けっこう壮観ではないか。これだけでもかなりユニークだが、リストを見た買い物客らが、願い事をかなえてあげようと協力するというのだ。
プロジェクトは最初、イギリスのエセックスで行われたが、「高齢者の願いをかなえた」と評判になり、このたびはブリストルに場を移して実施された。今回、多くの願い事の中から取り上げられたのは、104歳のアン・ブロークンブロウさんの「逮捕されてみたい」という希望だった。
彼女はブリストルの老人ホーム、ストークリーレジデンシャルホームに長く暮らしている。願い事に目を留めた地元警察が立ち上がり、彼女の逮捕に向かった。数人の警官はアンさんに向かい合うと、「あなたを逮捕します。あなたは104年間、善良な市民でした。それが、容疑です」と話しかけた。
認知症を患っていたアンさんだが、この時ばかりははっきりと「わかりました」と返事をしたという。すると警官は彼女に手錠をかけ、パトカーへ連行した。たちまちパトカーは赤いランプを点滅させサイレンを音高く鳴らした。アンさんを乗せると、周囲を軽くドライブしたという。
アンさんは104歳の初体験に興奮気味で、「とてもすてきだったわ。ちゃんと手錠もかけられたのよ。私はこれまで犯罪などに手を染めたことはなかったけれど、今日は犯罪者の気持ちをたっぷりと味わいました。警察官たちはとても親切でしたけれど、それでも逮捕は逮捕という厳しさを持って私に向かい合ったわ。それが最高でした。これまでまじめな人生を送ってきたけれど、今日はまったく違う一日で、なんてエキサイティングだったでしょう」と話している。
■気持ちのつながりを大切に
プロジェクトの発案者は、「アライブ・アクティビティーズ」の最高責任者サイモン・バーンステインさんだ。彼は25年以上、いくつかの慈善団体で働いてきた。
この団体に入ったのは、2016年だ。彼は話す。
「老人ホームなど施設で暮らすお年寄りたちは、一見恵まれていて幸せそうです。しかし実際は、退屈で孤独な毎日を送っていることが多いのです。ホームの職員らは多忙のために気持ちはあっても、残念ながら高齢者一人一人の希望に合わせて活動をする時間を持てないことが多い。
そこで私たちは、高齢者の願いをかなえるために立ち上がりました。願い事は、パブで一杯やりたいとか、編み物をしたいとか、その人の心からの希望ならば、何でもよいのです。
中には、アメリカの歌手、故エルヴィス・プレスリーに会って握手したいとか、故マリリン・モンローとハグしたいという実現不可能な願いもあって、すべてをかなえることはもちろん無理です。
でも、できるだけかなえるように努めています。その際は、地元住民の方々の協力が欠かせません。これまでいずれの時も近隣の皆さんにたくさん手助けをしていただいているので、感謝しています。
今回は、地元のスーパーマーケットや警察の皆さんに多大な協力をいただきました。私たちは、高齢者にこそ刺激に満ち創造性豊かな意味のある毎日を送ってもらいたい。コミュニティーがほんの少し協力しただけで、それは可能になることがほとんどです」
いくつになっても、夢を持つこと。それをかなえてあげたいと願う人がいること。そんな気持ちのつながりが、人を孤独から救うのかもしれない。
※
以上、多賀幹子氏の新刊『孤独は社会問題 孤独対策先進国イギリスの取り組み』(光文社新書)をもとに再構成しました。イギリス社会に根付く弱者への思いやり、チャリティー団体の細やかな目配り、英王室の役割などを紹介します。
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