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小学校で必修化された「英語」「プログラミング」シンガポールや中国に決して勝てない理由は
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2022.02.27 16:00 最終更新日:2022.02.27 16:00
小学校教育で混乱が続いている。2020年度から小学校では「英語」が新たに科目として扱われるようになり、「プログラミング教育」も必修化された。
「英語が苦手だから小学校教員を選んだんですけどねえ」
私のかつての同僚はそう言って視線を落とした。
以前の小学校教師志望者は、子供が好きで、行事や体育、図工や音楽を通じて情操面を豊かにし、国語や算数を通じて読み書き計算ができるようにして、子供たちが社会に出ても困らないようにしたいと教壇を目指した。少し前の小学校教師希望者は、これらに加え「辛い状況にある子供に寄り添いたい」とその道を志した。
【関連記事:なぜ小学校でプログラミングが義務化されたのか、解説しよう】
状況は変わった。英語を学び、社会的価値を高めることが求められ始めたのだ。プログラミング教育も同じ流れで捉えて支障はなかろう。
確かに、中国も韓国も小学生から英語を学んでいる。縮小する内需と止まらない少子化傾向からすれば、世界共通言語である英語を学ぶこと、そしてそれが若ければ若いほど良いというのは、論理的整合性があるように聞こえる。
ただ、現在の体制を維持したまま、小手先の改革で状況が変わるとも思えない。現場の教員たちは、授業準備の時間が取れないほど働いている。さらに、もともと英語が得意ではない小学校の教員が大多数だ。中学校の英語科教員ですら及第点に至らない人間が大多数なのである。
シンガポールは2008年から「フューチャースクール@シンガポール」と題して、教育のICT(情報通信技術)化を進めてきた。数学と母語以外は基本的にICTを用いるとし、学生全員がノートパソコンを使いこなせるようになっているという。現在は世界のなかでもICT教育先進国として取り上げられることが多い。
この政策を始めて、教員の平均年齢が2、3歳下がったと教育学会で聞いたことがある。その理由は簡単で、年配の教員がその政策についていけず辞職したからだ。そうなることも為政者は想定していた、と同国の研究者は分析していた。私は、その説明を聞きながら強く嫉妬した。
日本は、どの業界もそうなのだろうが、ベテラン・老人の既得権益が過度に守られ、若年者の実力が正当に判断されず、権利も守られない。旧態依然とした文化を保持している学校はその典型例だ。
本当に英語力を身に付けさせたいのであれば、英語だけの環境に浸からせるしかない。また、日本語文化圏で日本の内需からのみ恩恵を受けてきた実力の乏しい教員に習ったところで金と時間の浪費だろう。
■プログラミング教育の問題
「プログラミング教育」はより昏迷の度が深い。まず、必修化されたものの単独の教科ではない。他の教科や総合の時間の一部としてプログラミングを学ぶというものなのだ。
したがって、設定された授業時間数というものも存在しない。さらに、同教育が児童のどのような資質・能力の向上に資するのか、授業を適切に設計・実施するために考慮すべきことは何か、といった点も明確ではない。
確かに文部科学省は次のように目標設定を文字化してはいる。
「非常に大まかに言えば、(1)『プログラミング的思考』を育むこと、(2)プログラムの働きやよさ、情報社会がコンピュータ等の情報技術によって支えられていることなどに気付くことができるようにするとともに、コンピュータ等を上手に活用して身近な問題を解決したり、よりよい社会を築いたりしようとする態度を育むこと、(3)各教科等の内容を指導する中で実施する場合には、各教科等での学びをより確実なものとすること」
これを読んで、現場の教員がそのねらいを理解し、実際の教育に結び付けられるとでも思っているのだろうか。仮にそれができたとして、社会全体のプログラミング能力向上に繋がると考えられるのはなぜだろうか。根拠を示すべきだ。
一例として、中国で行われている情報教育がどのようなものか紹介したい。中国では「情報技術」と呼ばれる科目がそれに相応するが、2001年からは高校、2005年からは中学校、2010年からは小学校の必修科目として開設されている。小学校と中学校では共に年間最少68コマの時間数が確保されている。
具体的なカリキュラムをご覧いただければ、日本が中国に10年以上遅れていることがおわかりいただけると思う。
小学校ではタイプライティングやファイル操作、3D画像作品制作やプログラミングを学ぶ。中学校では、位取り記数法を習得しコンピュータを組み立てるところから始まり、統計チャートの作成や調査データの編集処理、3次元モデリングやアニメーションを用いたアート作品制作、IoT体験、コンピュータのセキュリティ、未来予想までを学ぶのだ。
この後、高校では「人工知能入門」や「オープンソースハードウェアプロジェクト設計」、ひいてはアルゴリズムやモバイルアプリの設計といったことにも挑戦させていくという。中国の本気度が伝わる内容だ。
改革をするならばここまでやるべきだし、そうでないのであれば、お茶を濁したマイナーチェンジで児童や現場教師を苦しめるのではなく、子供の遊びの時間や自然に触れ合う時間、教師の授業準備時間や余暇を増やす方がよっぽど意味があると思うのだが……。
【中国の小学校と中学校の情報技術教育の内容(2017年)】
■3~6年生(小学校)における情報技術の主題
1. 私は情報化社会の一員である
2.「リトルタイピングエキスパート」挑戦試合
3. 私はコンピュータの画家である
4. ネットワーク情報の真偽を区別する
5. コンピュータファイルの効果的な管理
6. プレゼンテーションソフトによる成果展示
7. 情報交換とセキュリティ
8. 私の電子新聞
9. レンズに映った美しい世界
10. デジタルサウンドとライフ
11. 楽しい3Dデザイン
12. 楽しいプログラミング入門
13. カラフルなプログラミングの世界
14. 簡単なインタラクティブメディアデザイン
15. 手作りおよびデジタル加工
■7~9 年生(中学校)における情報技術の主題
1. コンピュータを組み立てる
2. ホームネットワークの構築
3. データ分析と処理
4. 私はグラフィックデザイナーです
5. 2次元および3次元の任意の変換
6. 私のアニメーションの作成
7. プログラミングの世界に足を踏み入れる
8. コンピュータを使って科学実験をする
9. IoTを体験する
10. オープンソースロボットの初体験
(出典)胡啓慧、野中陽一「中国の小中高の情報教育に関するカリキュラム体系の歴史と現状」(「日本教育工学会研究報告集」2021)
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以上、林純次氏の新刊『学校では学力が伸びない本当の理由』(光文社新書)をもとに再構成しました。教育界のブラック化、教員の低レベル化、毒親の変異化、児童・生徒の超二極化、カリキュラムのカオス化…危機に瀕する教育現場の実情を明かします。
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