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5万本の腕時計を撮ったカメラマン「転機はデジカメ」

ライフ・マネー 投稿日:2017.05.04 16:00FLASH編集部

5万本の腕時計を撮ったカメラマン「転機はデジカメ」

『写真:AFLO』

 

 日本を代表する腕時計撮影のスペシャリスト。フィルムかデジタルか、40歳を前に男を襲った技術革新の波!

 腕時計を撮り続けて30年近く、岸田克法さん(55)は日本を代表する腕時計撮影のスペシャリストだ。カメラマンになるきっかけは幼少時に遡る。正月や盆に遊びに来るおじさんが写真を撮ってくれた。昭和40年代の初めで、まだカメラとか写真が貴重な時代のことだ。

 

「おじさんに写真を撮ってもらうとき、特にシャッター音に魅了された。貴重品だから、さわらせてもらえなかったし、ましてシャッターを切ることなど許されなかった。それで憧れていたのだと思う」

 

 広島と島根の県境の山間部で生まれ育った岸田さんは、機械を分解しては正確に元に戻すことが好きな子だった。中学生のときアルバイトで貯めた金でカメラを買った。中学、高校と写真部がなく、独学で5年間、家の一部屋を暗室にして現像し続けた。現像の仕方で写真に違いが出ることがおもしろかった。

 

「高校卒業後、東京の写真専門学校に入学した。学費と生活費はアルバイトをして、自分で出すという条件で行かせてもらった。学校には報道と商業のコースがあったが、商業写真を選んだ。そこで初めて4×5というシートフィルムのカメラの操作を覚えた。授業が終わればスタジオマンや暗室のバイトで一日中写真漬け。学校は2年制だが、結局卒業まで4年かかった」

 

 28歳のとき、スタジオで働いていた岸田さんは腕時計と出会う。腕時計の人気が高まり、雑誌社が腕時計を撮れる若いカメラマンを探していた。たまたま岸田さんにも声がかかり、1カ月で200本という数の撮影を頼まれることになった。撮影した写真の評判はよく、雑誌で人気が出てその後15年間も撮影が続いた。こうして岸田さんのカメラマンとしてのポジションが決まった。

 

「最初『えっ!?無理』と一瞬思い、同時におもしろいなと思った。ダメならダメでごめんなさいと言えばいいからと、やったらできてしまった。腕時計は撮影がけっこう大変。ガラスがあって光るのに、光らせずにガラスの中を見せなければいけない。しかも貴重品なので丁寧に扱わなければならない」

 

 時計専門誌の取材で、毎年スイスの時計見本市を訪れるようになったのは31歳からだ。スイスと日本、時計の撮影に忙しい日々を送っていた岸田さんに、決定的な転機が訪れる。2000年ごろ、高性能デジタルカメラの普及である。

 

「あるとき、クライアントからデジタルで撮ってほしいと頼まれた。当時はフィルムが一番だと思っていたし、新しい技術を習得するには時間がかかるので様子見していた。でも、仕事が来たからやるしかない。幼少期に味わった、知らない機械をいじくり回す喜びみたいなものを、38歳のときにもう一度経験することになった」

 

 デジタルを使いだすと、可能性が無限にあることがわかった。知れば知るほどデジタルがおもしろくなり、フィルムからデジタルへすべて切り替えた。試行錯誤を繰り返しながらコンピュータを使っての光や色味の調整には、生来の根気強さがいかんなく発揮された。角度を変えて何枚か撮影した腕時計を、回転しているようにダイナミックにレイアウトすることも自分でできた。作品の幅が一気に広がった。

 

 岸田さんにはデジタルがフィルムに取って代わるという確信があった。後れを取ればそれだけ仕事を失う。そのことを仲間に伝えたが、フィルム至上主義で何十年とやってきた人たちにとっては、リセットするのが難しかった。

 

 現在、岸田さんは5誌ある専門誌のうち、3誌の撮影をおこなっている。時計メーカーの依頼でスイスへ撮影に行くことも多く、その顔と名はメーカーの経営者たちにも知られている。見本市の取材を含めると、スイスへの渡航回数は80回を超えた。これまで撮影した腕時計は、新品とアンティークを合わせ、じつに5万本に達する。

 

「僕は写真作家ではなくて裏方。名前が表に出なくてもひとつの腕時計形のよさや特徴を、写真を通して多くの人に知らせて売れるようにしたい。

 

 プロになってフィルムで17年、デジタルで17年やってきた。もし今、デジタル以上の情報伝達装置が出てきたら、もう一回、機械いじりをしてもいいかなと思っている」

 

 岸田さんは腕時計を「人類の英知とロマンの共有」だという。新たな装置による転機はともかく、人が時計にロマンを感じる限り岸田さんの仕事は続く。

 

(週刊FLASH 2017年5月9日、16日号)

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