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営業へ異動後も自腹で取材を…ギャラクシー賞大賞受賞「アサリの産地偽装」スクープ記者が語る「取材秘話」と「報道の課題」

ライフ・マネー 投稿日:2022.07.23 06:00FLASH編集部

営業へ異動後も自腹で取材を…ギャラクシー賞大賞受賞「アサリの産地偽装」スクープ記者が語る「取材秘話」と「報道の課題」

6月1日、都内でおこなわれた「第59回ギャラクシー賞贈賞式」で、トロフィーを受け取る吉田駿平氏

 

 この内容が2022年1月、TBSテレビの『報道特集』で全国放送されると、想像を超える反響が巻き起こった。『報道特集』は、毎週土曜日の夕方17時30分から18時50分まで生放送されている、大型のニュース・報道ドキュメンタリー番組だ。ここで20分ほどのVTRを流すことは、地方局の記者にとって、大きな目標になっている。

 

「全国ネット放送の『報道特集』があるから、がんばれる面はあります。じつは営業部に異動前、2021年の5月に、アサリの産地偽装とは別のテーマを『報道特集』で放送することができました。

 

 寝たきりの子供の訪問診療について扱ったものでしたが、放送後、番組編集長の曹琴袖(チョウ・クンス)さんと話をする機会がありました。『ほかにどういう取材をしているの?』と聞かれたので『ここはチャンス!』と思い、3年前の『チャント!』の放送を見てもらって『アサリの産地偽装を、報道特集で放送したいんです』と伝えました。

 

 そうしたら曹編集長が『やりましょう。ただ、過去の放送ですし、もっと事実を固めてからやりましょう』という話をしてくれました。その言葉があったから、営業部に異動してからもあきらめずに『報道特集』を目標に取材を続けられたわけです」

 

『報道特集』が放送されると、熊本県の蒲島郁夫知事は「誰が見ても犯罪」と、業者を激しく非難。熊本県は偽装品をあぶりだすため、県産アサリの出荷停止を決めた。農林水産省は、全国のスーパーに並ぶ熊本産アサリの97%に、中国産が混入していることがDNA分析で分かったと発表した。また、国は産地偽装の温床となっていた「長いところルール」の対象から、アサリを除外することを決めた。問題解決に向けて、行政がようやく本腰を入れ始めたわけだ。

 

「手ごたえはありましたが、さすがにここまで反響が大きいとは、自分も考えていませんでした。まずは、世の中にこういう事実を知ってもらって、そこから行政にどうやって訴えていくか、と考えていたのですが、予期せぬほどの大きな反響だったというのが、当時の率直な気持ちですね。

 

報道の本質は「産地偽装せざるをえない構造的な現実を伝えること」

 

 全国ネットで放送したことと、放送後にほかの新聞社やテレビ局も、この問題を扱ってくれたこと。そういう声が高まって、行政も動かざるを得なかった感じはしますね。

 

 後輩の吉田翔記者とも、スーパーマーケットをチェックしました。中国産アサリが一店舗でも並べば、報道として成果を上げられたことになるのではないかと思っていたんです。それまでスーパーは、愛知、東京を含めて100店舗ほど回りましたが、中国産、韓国産のアサリを見たことはありませんでした。問屋さんやスーパーの卸しの担当者さんに『中国産の活アサリを見たことがありますか?』と聞いても、『イエス』と答えた人は1人もいませんでした」

 

 報道後は一転、スーパーに「中国産」と表示されたアサリが並ぶ状況に。しかしまったく売れず、さらに国産の天然アサリの価格が高騰し、スーパーに並ばなくなるという、思わぬ余波もあった。

 

「消費者のほうでも、アサリという食べ物自体への信頼をなくしてしまった部分もあって。アサリそのものの需要がしぼんでしまった点はあったようです。吉川社長への風当たりも強かったと聞きました。同業者から厳しい意見が投げかけられたり、商売をするにあたって、妨害のようなものもあったと聞きます。それで苦しんでいる部分は、現在進行形でもあるようです。

 

 産地偽装で、業者が不当に大きな利益を上げていたわけではありません。変えようと思っても変えられない現実があったということです。あるひとつの業者が、正しく『中国産』と表記して売っていこうとしても、それがスーパーに並ぶことはないし、彼らも生活がかかっているので、偽装せざるをえない。

 

 だから、彼らを糾弾するわけではなく、産地偽装せざるをえない構造的な現実を伝えることが本質です。原産地表示を義務づけているのは国なので、国の管理・責任を問うというのが、報道の目的でした。アサリ以外でも、一部の業者による産地偽装はこれまでもあったでしょう。ただアサリに関しては、農水省が97%と発表し、吉川社長が『ほぼ100%』とおっしゃったように、あまりにも大規模な偽装の現実があって、それを見過ごすことはできませんでした。結果として報道にものすごい反響があり、意図せず、アサリそのものが敬遠されることにつながってしまった面はあります。

 

 市場の健全化は、ある意味でなされたと思うのですが、『アサリ=産地偽装』というイメージが植えつけられてしまいました。ラベルだけの話ではあるけど、そこはこれからも考えていかないといけないし、報道機関としての課題だと思っています」

 

現在、吉田氏は東京支社に勤務し営業を担当している

 

『報道特集』の放送後、熊本県の蒲島知事を吉田翔記者が取材した部分などを加え、2022年の3月、1時間のドキュメンタリー番組を放送することができた。この放送と、過去の報道を含めた一連の報道活動を合わせて、ギャラクシー賞報道活動部門の大賞を受賞した。

 

「最初のきっかけからはもう5年ほど。積み重ねてきた取材が、一連の報道活動として評価していただけたので、素直にうれしく思っております。営業部の人からも『おめでとう』と言ってもらえました(笑)。営業部での仕事内容は、テレビのCM枠をスポンサーさんに買っていただく、というものです。東京支社なので、全国規模で展開するナショナルクライアントも含め、CM枠の営業をしています。

 

 ただ、報道部に戻りたいという思いは、やっぱりありますね(笑)。まだまだやらなきゃいけない。産地偽装がやりづらくなったというのはありますが、健全な市場になるための手伝いというか、問題を発信した局の責任として、問題の背景になにがあったのか。ポジティブジャーナリズムで、今後の提案ができるようにとか、そういうことが責任だと思うので。早く現場に戻って、そういう取材をやりたいと思っています。その意味では報道として道半ば、志半ばなので」

 

( SmartFLASH )

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