■複数の原因が病気を生む
「追加」するということに話をもどしましょう。
「夜、眠れなくて困っています」と睡眠障害を訴えるAさんに、「寝る前の2時間、スマホを見ないようにしてください」とアドバイスするとしましょう。2週間後、Aさんから「やってみたけど、やはり眠れません」と返ってきました。そこで、「寝る前の2時間、食事をしないように」と提案します。2週間後「やはり効果がありません」と言います。今度は朝散歩をすすめたところ、2週間後にAさんが「おかげさまで眠れるようになりました!」と笑顔で言いました。
このように、たったひとつの対処法だけで、病気や不調が改善するのは珍しいことです。しかし、多くの人は、たとえば「寝る前のスマホをやめるだけで不眠が治る」などと思い込んでいます。
たったひとつの対処法だけで睡眠障害が改善するのなら、日本人の5人に1人が睡眠障害で悩んでいるはずがないのです。さまざま原因が重なり合って「病気」や「体調不良」が生み出されています。ですから、対処法や健康的な習慣もひとつひとつ「追加」していく必要があるのです。
■対処法の「追加」で、いつか動きだす
うまくいかなければ、対策を「追加」する。このことは、ビジネスの世界でも応用できるはずです。一の矢でうまくいかなければ、二の矢、三の矢を放つ。一の矢、二の矢がはずれても、三の矢で当たればOKなのです。あるいは、3つの対処法の合わせ技で総合的に効果が出ることも多くあります。
しかし、多くの人は、一の矢がはずれてしまうと、落ち込んだり、あきらめたりしてしまいます。一の矢だけで物事がうまくいく、簡単に解決するなんてことは滅多にありません。物事が動きだすまでには、非常に大きな労力と時間が必要なのです。
「佐原の大祭」の山車もそうでした。10人で動かなければ、5人が加わって15人で動かそうとします。それでも動かなければ、さらに5人が加わるでしょう。そうするうちに4tもの山車も、いつか必ず動きだします。
初めは物事がうまくいかないのが当たり前。しかし、なんとか最初の心理的ハードルを乗り越えて着手し、あとで力や対処法を「追加」する、それを繰り返していけば、必ずどこかでうまくいくようになります。ぜひ、今回お伝えした「静止摩擦係数の論理」をしっかり覚えておいてください。
かばさわ・しおん
樺沢心理学研究所代表。1965年、北海道札幌市生まれ。札幌医科大学医学部卒。YouTubeチャンネル「樺沢紫苑の樺チャンネル」やメルマガで、累計60万人以上に精神医学や心理学、脳科学の知識・情報をわかりやすく伝える、「日本一アウトプットする精神科医」として活動
イラスト・浜本ひろし