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飛んでいる矢は止まっている!? 古代ギリシャの哲学者が残した摩訶不思議なパラドックス

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2023.06.26 11:00 最終更新日:2023.06.26 11:00

飛んでいる矢は止まっている!? 古代ギリシャの哲学者が残した摩訶不思議なパラドックス

パラドックス(イラストAC)

 

 無限に関連する有名なパラドックスを紹介しよう。ゼノンのパラドックスと呼ばれるものの1つだ。ゼノン(BC490頃-BC430頃)は古代ギリシアの哲学者である。

 

 最も有名なゼノンのパラドックスは「アキレスと亀」の競走問題である。足の速いアキレスと亀が競走する。明らかに亀の運動速度のほうが遅いので、亀にはハンデを与える。

 

 亀はアキレスより何メートルか前からスタートする。果たして、「アキレスは亀に追いつけるのか?」という問題である。当然、アキレスは簡単に亀に追いつき、追い越していくだろう。誰しもそう思う。しかし、ゼノンは問いかける。本当ですか、と。

 

 

 アキレスが亀に追いつくには、まずスタート時に亀のいた場所まで到達する必要がある。そのとき、亀はアキレスより少し前にいる。亀も動いているからである。

 

 すると、次にアキレスはその亀のいた場所まで行かなければならない。ところが、いざそこに着いたら、亀はやはり少し前を歩いている。そこで、またしてもアキレスは亀のいた場所に行かなければならない……。

 

 これが繰り返されることで、アキレスはいつまで経っても亀の後塵を拝することになる。アキレスは亀に追いつくことはない。これがゼノンの説明である。しかし、実際にはアキレスは簡単に亀に追いつき、追い越していくだろう。なぜか? これが「アキレスと亀」のパラドックスだ。

 

 このパラドックスを解くために次の値を採用してみよう。

 

・アキレスの速度=10メートル/秒
・亀の速度=1メートル/秒
・ハンデの距離=100メートル

 

 アキレスが亀に追いついた場所までの距離は次のようになる。

 

(アキレスの速度)×(追いつく時間)=
(ハンデの距離)+(亀の速度)×(追いつく時間)

 

 この式から、追いつくのに要した時間は次のようになる。

 

100÷(10−1)=100÷9≒11.1秒

 

 約11.1秒後にはアキレスは亀に追いついているのだ(距離でいうと111メートルの地点)。そして、その後は亀を抜き去って走っていく。それなのに、どうしてゼノンは追いつけないと説明したのだろう。不思議なことに、ゼノンの説明はもっともらしく聞こえた。

 

 これは無限分割の罠である。ゼノンの論理では、アキレスが亀に追いつくには、アキレスと亀との距離を無限に分割してアキレスは亀に近づいていかなければならない(これは時間も無限に分割することを要請する)。

 

 結局、アキレスが可能な限り亀に近づく様子を考えているだけなのだ。しかも、それを実行するには無限のプロセスを必要とする。そのため、アキレスは亀には追いつけないことになってしまうのである。

 

 時間や線分を無限に分割することは、積分など数学でよく用いられるテクニックである。ところが、実際に線分を無限に分割して、それに準じて動こうとすると、時間も無限に分割しているので、目的地に永遠に到着しない事態になる。無限分割の罠には気をつけなければならない。

 

■瞬間は存在するのか

 

 ゼノンのパラドックスには、他にも有名なものがある。それは「飛ぶ矢は静止しているので飛ばない」というものである。これは、この宇宙には「瞬間」があるかということを問いかけてくれる問題だ。

 

 飛ぶ矢を、ある瞬間で見れば止まっている。止まっている矢を集めても、矢は飛ばない。ところが、射られた矢は飛んでいく。この矛盾を指摘しているパラドックスである。飛んでいる矢を見て止まっているというのだから、かなり奇妙な話だ。

 

 何か間違っている。それだけは確かだ。

 

 これは「ある瞬間」という言葉に落とし穴がある。厳密にいうと、すべての物理量は揺らいでいる。位置も速度もエネルギーも時間も揺らいでいる。私たちは「瞬間」があると考えているが、すべての時刻は有限の時間の幅を持っていると考えるべきなのだ。

 

 たしかに、時間の幅がなければ位置は測定できたとしても、速度は分からない。それに基づいて矢は止まっていると誤解するためにパラドックスが生まれる。

 

 しかし、私たちは有限の時間の幅の間で矢を観測している。なぜなら、この宇宙ではその幅がゼロである「瞬間」は存在しないからだ。人間の感覚でその幅を感じない時間を「瞬間」と呼んでいるだけなのである。

 

 そして、時間の幅がゼロではないので、速度が分かる。移動量を観測した時間の幅で割ればよい。この観測を順次繋いでいけば矢は動いている。矢は止まっていないのだ。

 

 実際、見ての通り矢は飛んでいく。こうして、この宇宙にはゼロとなる物理量がないことが分かる。この場合、「時間間隔がゼロになることはない」、あるいは「瞬間」はないという意味である。

 

 私たちは時刻を厳密に指定することはできない。時間も揺らいでいるからである。このため、この宇宙には瞬間は存在しない。ゼノンのパラドックスの1つである「飛ばない矢」の問題は、これで解決できる。

 

 結局分かったことは次のことである。

 

《ゼノンの厄介なパラドックスは、数の世界から無限とゼロを追放することによって片づけられた。》(チャールズ・サイフェ『異端の数ゼロ』より)

 

 

 以上、谷口義明氏の新刊『宇宙・0・無限大』(光文社新書)をもとに再構成しました。この宇宙に無限はあるのか。ゼロはあるのか。シンプルながらも深遠な問いに、天文学者が果敢に挑みます。

 

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