「断酒を続けるための秘訣は?」という問いに「断酒会の例会への参加を続けることです」と即座に答えるのは、全国に先駆けて1953年に設立された東京断酒新生会の理事長、生馬義久さんである。
東京断酒新生会は、東京都を網羅するように支部があり、各支部は頻繁に例会を開催している。断酒会は全国に存在し、全日本断酒連盟というネットワークを組織する。
日本では断酒会とAA(アルコホーリクス・アノニマス)の2つが、アルコール依存に関する代表的な自助グループである。例会では自らの飲酒体験を語り、参加者の飲酒体験を聞く、言いっぱなし聴きっぱなし。
例会で聞いた話は他言無用のルールは、両グループに共通している。生馬義久さんの断酒歴は22年、つまり22年間断酒新生会の例会に通い続けている。
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生馬さんは言う。
「例会に出席をしていると、だんだん耳ができてくるといいますか。例会に足を運ぶ回数を重ねるうちに、仲間の話がストンと胸に落ちるときがある。心の中のジグソーパズルにパチッとピースが合うような感覚です。同じような経験をした人と断酒会でつながり、行動を共にしていると気持ちが強くなっていく。
断酒会はアルコール依存症者の家族も参加します。家族の人たちも、自分と同じような体験をした人がいることを知る。一人ではないという感覚を得るチャンスがある。断酒したい人、そしてその家族にとって、例会は “宝の山” です」
生馬さんも、断酒会でチャンスを得た。生馬さんは自らの経験を語る。
島根県出身の生馬さんの実家は酒屋で、子どもの頃から興味本位で店のお酒を飲んでいたという。都内の会社に就職をしてアルコール依存症に陥り、専門病院に入院。
「1回目の退院のときは、うまく飲んでやろうと思っていましたよ」
でも全然ダメで、会社に迷惑をかけた。会社に辞表を提出する瀬戸際までいったが、親身になってくれる先輩や同僚がいた。
「『幹部会であいつはクビだという意見もあったけど、お前の辞表はオレが預かった。ちゃんとやらねえと、オレもお前と一緒だと判断される。甘えてんじゃねえ、もう1度入院して、元気になってこい!』と先輩に言われまして。スイッチが入りました。親身になってくれた人に迷惑をかけちゃいけない。裏切るわけにはいかないと。
2度目の退院のときは本気で酒を止めないと、自分はダメになると思った。断酒会の例会に欠かさず通いました。例会で自分と同じように、親身になってくれた人を裏切りたくないという人たちと出会い、お互いに断酒を続けていこうと励まし合った。
私の場合は運がよかった。会社に親身になってくれる上司や同僚がいたこと。断酒会で自分と同じような気持ちを持っている人と出会えて、一緒に頑張れたこと。
アルコール依存症は、誰かが助けてくれる類の病気ではありません。どうしたら酒をやめられるか、人によって千差万別です。でも、断酒会は本気で酒をやめるための、運とチャンスが渦巻いています」
断酒会の例会に積極的に参加している人の中にも、再飲酒して以前と同じアルコール依存症のドツボにはまり、不幸な事態に陥る人もいる。生馬さんは言う。
「酒は磁石のようなもので、フラフラッと寄っていくとパチンとくっ付く。例会に参加し、十数年も断酒している人が、ちょっとした気の緩みで足をすくわれる。スリップして大酒飲みに戻って、最後は亡くなってしまうケースも見てきました。その人たちは私たちに、再び酒を飲んだらどうなるかを見せてくれたと思う。
例会に通っていると、飲めばどうなるか、常に肝に銘じることができます。絶対に酒という磁石に近づかない気持ちが強くなる。再飲酒しない確率が増えます」
2014年、アルコール健康障害対策基本法が施行され、飲酒についての国の基本計画はできたものの、個別の施策は各地方自治体が担う面が大きく、自治体によって、到達度にばらつきがある。「アルコール依存症のことをよくわかっている医療関係者と、行政との連携をもっと積極的に考えてほしい」と、生馬さんは言う。
アルコール依存症の対策は十分とは言えないなか、人間関係が希薄な昨今だからか、東京断酒新生会も会員数を減らしているのが現状だ。
「我々はどんな時代になっても、変わらず例会を続けていきます」
生馬さんの言葉には、断酒を続けるチャンスの場を、当人もその家族もつかんでほしいという思いが込められている。
そして生馬さんは、こうアドバイスする。
「皆さん、自分はアルコール依存症でないと思っているでしょうけど、酒で人に迷惑をかけていると思ったら、酒はやめたほうがいい」
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以上、根岸康雄氏の新刊『だから、お酒をやめました。「死に至る病」5つの家族の物語』(光文社新書)をもとに再構成しました。アルコール依存症の底なし沼から生還を果たすには、何が必要なのか、五者五様の人生譚と専門家の解説で紐解きます。
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