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アグリツーリズムを日本でも推進しよう!イタリアでは2万軒以上の「農家民宿」が一大産業に

「農泊」イメージ(写真:ZUMA Press/アフロ)
2024年9月下旬、僕はイタリアに渡った。
日本でもこれから推し進めるべき「アグリツーリズム」の先進地であるイタリアの事例を学ぶことが目的だ。アグリツーリズムとは、都市住民が農村や農場で休暇や余暇を過ごす観光スタイルのことで、第2次世界大戦後、バカンス大国のフランスで始まった。
今では、イタリア、ドイツ、オーストリアなど、ヨーロッパ各地で人気となり、都市に暮らす人たちが長期休暇を農村で過ごす「余暇活動」として定着し、一大産業となっている。
農家の所得向上と農村の活性化に大きく寄与し、持続可能な農村の実現につながることが期待され、農林水産省が「農泊」として推進しているものの(後述)、日本では広がりに欠いている。
国内外の旅行者の7割が農村に宿泊するイタリアはヨーロッパでは後発組ではあるものの、農村地域の過疎化や地域経済の衰退という課題を解決するため、国が1985年に法律(アグリツーリズム法)を制定し、国をあげてアグリツーリズムを振興。
今ではイタリア全土で2万軒以上の農家が、部屋と食事を提供する農家民宿を運営している。運営の基準は各州法で規定されていることから、地域ごとに特性が顕著で、質も高く、旅行者は安心して宿泊できることが、イタリアのアグリツーリズムの特徴とされている。
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まずイタリアの中でもアグリツーリズムが盛んなトスカーナ州サンジミニャーノ市の農家民宿を訪問し、宿泊した。レセプションで出迎えてくれた女性、フランチェスカさんから話を聞いた。
ここでは父と夫が醸造用の葡萄とオリーブを栽培しており、フランチェスカさんが宿泊施設を担当している。北イタリア出身で、トスカーナに移住して10年間、葡萄農家の下で修業を積み、2年前に独立。築250年の古民家と5.5ヘクタールの葡萄畑を購入し、宿泊業は2023年7月から始めたという。
「夫婦でアグリツーリズムをやることが夢だったの。今はすべてが幸せ。ここにはトスカーナの農産物、景色、世界遺産など、いろんな魅力があるわ。一番満足していることは、世界中からやってくるお客さんに、トスカーナの魅力を伝えるお手伝いができることね」
素泊まりで1泊2万5000円。イタリアの農泊は複数泊からの予約が一般的だ。たとえば一週間あれば地域の魅力を十分に堪能してもらえるからで、1泊で予約できるところは限られていて、値段も高い。
ちなみにこの日、近所のアグリツーリズムレストランで夕食をとったが、ここは1泊だと10万円だった。古い建物を改築したレストランで、入ってみるとミラノやローマの高級レストランと変わらない雰囲気で、地域の食材を使った食事のレベルも高く、ワインももちろん地元産。そして周囲には豊かな自然が広がっているのだ。
暗闇に目を凝らすと、点在する家の明かりが美しい。都会でいくらお金を積んでもできない世界がここにはある。これぞアグリツーリズムなのだ。
翌日は北上し、パルマ近郊のアグリツーリズムに宿泊した。チェックインを担当してくれたロランツァさんという女性は、元々近郊の町で薬局に勤めていたが、7年前に夫の故郷のパルマで農家民宿を始めた。15ヘクタールの農地で主に小麦を生産し、その傍らでお客さんの朝食用の野菜を栽培している。今では農業より宿泊による収入の方が大きいそうだ。
ロランツァさんは、「イタリアでは田舎の古い家をリノベーションすると、EUから補助金が出るの。アグリツーリズムは田舎の価値や伝統を伝える上でとてもいい手段だし、お客さんに伝えられることもたくさんあるわ」と誇らしげに語ってくれた。
ヨーロッパでは、1960年代から労働時間短縮運動が活発化し、自由時間を手にした都市住民の間でアグリツーリズムが大きく発展した。受け入れ側の主役を担ったのはフランチェスカさんやロランツァさんのようにホスピタリティの高い女性たちだった。
男性が農業経営に専心し、女性が農村休暇経営を担うことで、互いに対等な立場で経済的に独立することもできた。農村における女性の働き方、生き方を変えることにもつながったのだ。
閉鎖的で封建的な農村に象徴される日本の地方では、いまだ男性優遇社会が続き、若い女性の流出に歯止めがかからない。地方で生きる女性の活躍の場としてのアグリツーリズム、農泊を、日本でも育てていきたい。
アグリツーリズム後進国である日本の状況を整理してみよう。
まず、1994年、「農山漁村余暇法」が制定され、当初はグリーンツーリズム(緑豊かな農村地域において、その自然、文化、人々との交流を楽しむ、滞在型の余暇活動)としての取り組みがスタートした。
2018年には農林水産省が「農山漁村滞在型旅行」を「農泊」として商標出願した。国は農泊を、「農山漁村において日本ならではの伝統的な生活体験と非農家を含む農山漁村の人々との交流を楽しみ、農家民宿や古民家等を活用した宿泊施設に滞在して、観光客にその土地の魅力を味わってもらう農山漁村滞在型旅行」と定義し、農林水産省だけでなく観光庁や内閣府の政策にも組み込まれている。
その主な目的は、農山漁村の所得向上と活性化の実現である。2023年には、政府が閣議決定した「観光立国推進基本計画」の中で、さらなる成長を目指し、ターゲットの変更を明示。これまでは小中高校生の体験学習が主な対象だったが、コロナ禍の影響で先行きが見通せなくなってきたことから、国内外からの個人旅行者にターゲットを切り替え、後押しする構えだ。
僕は、このターゲット変更に疑問符をつけたい。たしかにコロナ禍の影響が残る2023年当時はまだ難しかったかもしれないが、社会がコロナへの耐性を獲得した今、両にらみで行うべきだ。
首都圏などの都市で生まれ育ち、帰る故郷がないふるさと難民が増えている。このままではやがて盆暮れの帰省ラッシュもなくなり、辛うじて地縁血縁でつながっていた都市と地方の分断が決定的になるときがくる。同じ国であるにもかかわらず、都市の人は地方の課題が、地方の人は都市の課題が理解できなくなる。
課題だけではない。痛みもわからなくなってしまう。つまり共感が生まれないのだ。
そういう意味でも、子どものころに体験学習を通じて地方に関わっておくことは、地方への共感を育み、将来、地域づくりに必要不可欠な「関係人口」として地方に貢献してくれることにもつながるのだ。
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以上、高橋博之氏の新刊『関係人口 都市と地方を同時並行で生きる』(光文社新書)をもとに再構成しました。地方だけでなく都市も限界を迎えつつある日本にとっての「救いの哲学」とは?
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