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子どもはどのように言葉を学ぶのか…「3000万語の格差」を防ぐ赤ちゃんへの話しかけ方

赤ちゃんはどのように言葉を学んでいくのでしょうか。「3000万語の格差」という言葉があります。これは、子どもの言語発達における養育者の語りかけの重要性を示す概念です。
子どもの言葉は、主に養育者の語りかけによって育まれます。確かに、言語発達には遺伝や親の経済力、子どもの社会的能力といった多様な要因が関与しますが、養育者がどれだけ子どもに語りかけるかが極めて重要であることが明らかになっています。
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アメリカのハート博士とリズリー博士は、社会経済的地位が異なる家族を対象に、子どもが9ヶ月から3歳になるまでの会話を追跡調査しました。この調査では、家庭の職業や教育年数、世帯収入を基に、「経済力が高いグループ(専門職)」「経済力が中程度のグループ」「経済力が低いグループ(生活保護世帯)」に分類しました。
調査の結果、家庭で子どもが聞く言葉の数には、大きな差があることがわかりました。経済力が高い家庭の子どもが聞いた言葉の数は、経済力が低い家庭の子どもが聞いた言葉の数を大きく上回り、3歳の終わりまでにその差は3200万語に及びました。これが「3000万語の格差」と呼ばれる理由です。
1日の差でみると、約1400語となります。さらに、親が子どもに語りかける言葉の量の違いは、3歳時点での語彙力にも影響を与え、語彙が豊かな子どもほどIQが高い傾向が確認されました。また、この初期の語りかけ量は、9~10歳時点の言語スキルや学校の成績といった将来の能力にも影響することが示されています。
言葉の量に加えて、話す内容も重要です。たとえば、「リンゴ」という言葉をいくら繰り返し聞かせても、子どもの語彙は豊かにはなりません。語彙を増やすには、言葉の多様性や複雑さ、豊かさが必要です。また、肯定的で子どもを応援する言葉(「よくできたね!」「その通り!」など)が多い家庭の子どもほど、言語発達が進むこともわかりました。
子どもの言語能力やIQに影響を与えるのは、家庭の経済状況そのものではなく、養育者がどれだけ多く、質の高い言葉をかけたかにあるといえます。養育者が豊かな表現や肯定的な言葉を多用し、積極的に語りかけることが、子どもの言語能力の発達につながっているのです。
語りかけの重要性は、最近報告されたベルゲルソン博士らの大規模データアプローチを用いた研究でも確認されています。この研究では、12ヶ国における2~48ヶ月の1001人の子どもから収集した4万時間以上の自然発話データを分析し、どの要因が子どもの発話量を予測するかを調べました。欧米圏だけでなく、ボリビア(チマネ語)やセネガル(ウォロフ語)など、多様な文化や言語圏におけるデータが集められている点が特徴です。
結果は、大人が話すのをたくさん聞いた子どもの発話量は増加しましたが、文化環境や社会経済力など他の要因では、子どもの発話量を予測できませんでした。赤ちゃんの頃から、養育者を含めた周囲の大人がたくさん話しかけることが、子どもの言語発達に重要であるといえます。
■疑問文で話すと語彙が増える
養育者からの言語インプットにおいて、疑問文を頻繁に使う養育者の子どもは、より多くの語彙を習得していることが報告されています。子どもの言語習得には、養育者からの語りかけが重要であることは前述の通りですが、会話のやり取りも同様に重要です。疑問文は相手からの反応を求めるため、子どもの発話を促します。
たとえば、養育者が一方的に「靴下を履きなさい」と言うのではなく、「どの色の靴下がいい?」「なんでその靴下がいいの?」と「なぜ」や「どうして」といった疑問文を使うことで、子どもが状況や気持ちについて言葉を発しやすくなり、会話が広がります。
母親は会話の中で、どのような疑問文を、どれくらい使用しているのでしょうか。また、疑問文の使用傾向は、子どもの月齢に伴ってどのように変わるのでしょうか。
そこで私たちは、母親の疑問文発話の使用傾向と子どもの言語発達の関係を調べることにしました。6ヶ月、1歳2ヶ月、1歳7ヶ月、2歳3ヶ月の子どもとその母親を対象に、母親の疑問文の使用傾向を調査しました。実験では、母親が子どもと一緒に実験室で動画を視聴し、動画の内容について普段通りに自由に話しかけてもらいました。
疑問文は、「リンゴかな?」といった、はい・いいえで答えることができる疑問文(Yes/No疑問文)と、「何しているのかな?」といった「何(What)」「誰(Who)」「どこ(How)」などの疑問詞を使った疑問文(「WH疑問文」)の2種類に分けて分析を行いました。
発話を分析した結果、疑問文の使用率は、はい・いいえで答える疑問文と疑問詞を使った疑問文の両方とも、子どもの月齢とともに上昇しており、特に2歳3ヶ月児の子どもと母親では疑問文使用が大きく増加することがわかりました。
興味深いことに、まだ言葉を話せない6ヶ月の赤ちゃんに対しても、母親は疑問文で話しかけていました。母親は赤ちゃんから言葉での正しい回答を期待しているわけではなく、赤ちゃんの注意を引き、コミュニケーションのきっかけを作る意図で問いかけていると考えられます。
また、母親の疑問文に対する子どもの反応を分析したところ、2歳3ヶ月の子どもは、母親が疑問詞を使うと多く反応し、会話が続くことがわかりました。2歳3ヶ月頃になると、疑問文に対する反応が増え、母子間の関わりが母親からの一方向から、双方向のやり取りに変化することが示唆されます。
さらに、私たちは、母親の疑問文発話が子どもの語彙習得に与える影響を調査しました。その結果、1歳7ヶ月時点で疑問詞を多く使っていた母親の子どもは、2歳3ヶ月時点で語彙数が多いことがわかりました。一方、はい・いいえで答える疑問文の使用は、子どもの語彙数との関連がみられませんでした。
「はい」「いいえ」で答えられる質問は、答えた時点で会話が終わってしまいます。これに対して、「どうして」「なぜ」といった疑問詞を使った質問は、子どもが自分で考えて答える必要があり、会話が続きやすくなります。こうした親からの疑問詞を使った質問は、特に子どもの言葉を引き出すのに効果的であると考えられます。
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以上、奥村優子氏の新刊『赤ちゃんは世界をどう学んでいくのか ヒトに備わる驚くべき能力』(光文社新書)をもとに再構成しました。赤ちゃんを研究することは、人間の本質的な能力を探ること。気鋭の研究者が、「赤ちゃん研究」の最前線を紹介します。
●『赤ちゃんは世界をどう学んでいくのか』詳細はこちら