
部位や、痛みの感じ方によって考えられる症例は異なる(写真・AC)
毎年の便潜血検査で引っかかっても、恥ずかしさもあって、つい放置している人はいないだろうか。いつの間にか消えてしまう腹痛も、後回しにしがち。だが、体内では重大な病気が進行しているかも……。
4月14日、式秀部屋の序二段力士、若戸桜(わかとざくら)こと澤田剛さんが外陰部壊死(えし)性筋膜炎で死去した。33歳という若さだった。
「この病気の初期症状は、肛門やお尻のまわりに出る激痛です。その後の進行は急速で、組織が壊死し、黒色に変化していきます」
「おなかとおしりのクリニック東京大塚」の端山軍(はやまたむろ)院長が、こう解説する。
「糖尿病患者や、ステロイドを常に使用している人が、まれに罹患する細菌感染症です。進行が速いので早期に適切な処置をしないと、10~40%の確率で死に至るという報告もあります」(端山院長、以下同)
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痛みがあっても、恥ずかしさもあり、病院に足を向けづらいのがお尻の病気だ。
「お尻が痛い、出血した。でも痔だろう」――。
こんな “自己診断” を下し、病院に行かずにすませていないだろうか。重大な結果を招く前に、まずはお尻の疾患としてもっとも一般的な「痔(じ)」について学んでおこう。
痔には「いぼ痔(痔核)」「切れ痔(裂肛)」、「あな痔(痔瘻・じろう)」がある。
「男女ともにいちばん多いのが、いぼ痔です。排便時に力むことで肛門の血管がうっ血して膨らむことでできる痔核で、排便時の出血や違和感がおもな症状です。進行すると、痔が肛門の外に飛び出す『脱出』という状態になることがあります。切れ痔は、硬い便などで肛門の皮膚が裂けて起こり、排便時の強い痛みや出血をともないます。慢性化すると潰瘍になったり、肛門狭窄の原因になることも。あな痔は、肛門周辺に膿がたまり、それが破れて膿の通り道(瘻管・ろうかん)ができる状態で、痛みがあり、発熱の症状が出ることもあります」
痔を予防するためには、日常生活のお尻ケアと生活習慣が大切だという。
「お尻はいつも清潔にして、お風呂は湯船にゆっくり浸かりましょう。同じ姿勢を長時間続けたり、お尻や腰を冷やさないようにすることも大切です。食事は食物繊維を多く摂取し、アルコールや刺激物は控えめにしましょう」
それでも習慣を維持できず、痔の発症を繰り返してしまう人が多い、と端山院長。だが、そのために出血に慣れてしまうことについては、こう注意を促す。
「痔は、良性疾患なので命を落とすことはありませんし、薬物療法や手術で改善します。主症状は出血ですが、同じ症状でじつは大腸がんだったということもあるのです」
また、出血がなくても、若戸桜こと澤田さんのように、重大な疾患である可能性がある。
「排便時に違和感があったり、肛門が腫れたり、しこりがあったり、排便時の痛みなどがあったりするときは、まれに肛門管がんの可能性があります。初期症状は出血、痛み、かゆみなど、痔に非常に似ているために発見が遅れがち。かゆみでいえば、なかなか治らない湿疹は、パジェット病やボーエン病といわれる皮膚がんだったというケースも、まれながらあります」
また出血、下痢は、安倍晋三元首相が罹患していたことを公表していた潰瘍性大腸炎や、クローン病も疑われる。
「潰瘍性大腸炎は約20万人、クローン病は約10万人が罹患しているといわれ、ともに原因不明で、腹痛や下痢、血便を繰り返します」
出血や、違和感が続く場合は病院に行き、検査を受けることが大切だ。
■みぞおちに鈍痛、体重減少は要注意
お尻の違和感と並んで、日常的に起こるために軽視してしまいがちなのが、お腹の痛み。しかしそれも、さまざまな症例が原因であるケースがある。
まず(1)右季肋部(きろくぶ)に痛みを感じる場合は胆石症、胆のうに炎症が起こる胆のう炎、胆管に感染が生じる胆管炎が考えられる。
これから挙げるすべての病気について、腹部超音波検査や内視鏡検査、CT検査などで確認しなければ、正確な診断はつかないという前提で、端山院長が解説する。
「これらは差し込むような痛みと発熱があります。また消化管壁の一部が突出して袋状になり、そこに便などが溜まって炎症を起こすことを憩室炎(けいしつえん)といい、上行結腸憩室炎は発熱や圧痛(指で押したときなどに感じる痛み)があります。体重減少や下血、腫瘤触知(しゅりゅうしょくち・腹部を触診し、しこりや腫れなど異常な塊が見つかること)の場合は上行結腸がんの可能性もあります」
(2)心窩部(しんかぶ・みぞおちのこと)の痛みには、いろいろな病気が潜んでいる。
「胸やけをしているような不快感は機能性ディスペプシア、さらに舌が酸っぱく感じたりつかえたりする感じは逆流性食道炎、鈍痛や不快感は胃炎、食後2~3時間するとチクチク痛む場合は胃潰瘍、空腹時の痛みは十二指腸潰瘍が考えられます。胃や十二指腸から出血すると、血が胃酸によって酸化されて黒い便が出ることがあります。イカやサバなどの魚介類の摂取後の腹痛はアニサキスが考えられ、かなりの激痛です。鈍痛や体重減少、腫瘤触知の場合は胃がん、横行結腸がんの可能性があります」
(3)左季肋部痛はどうか。
「ひとつに、急性膵炎が疑われます。激痛で、ときに右上腹部や心窩部にも痛みを感じることがあります。背中の痛みや体重減少があった場合は膵臓がんの可能性があります。発熱や圧痛は横行結腸憩室炎、下行結腸憩室炎、体重減少や下血があれば横行結腸がん、下行結腸がんが考えられます」
体重減少に早めに気づくためにも、自分の体調管理が必要だ。次に下腹部に移ろう。
「(4)右下腹部では、吐き気や嘔吐、下痢、心窩部の痛みは虫垂炎(いわゆる「盲腸」)、発熱や圧痛は盲腸憩室炎、上行結腸憩室炎が考えられます。粘り気のある血便が出たり、体重減少や腫瘤触知が認められたりする場合は盲腸がん、上行結腸がんの可能性があります。(5)左下腹部は、血便が出たり圧痛がある場合は虚血性腸炎、発熱や圧痛を感じたらS状結腸憩室炎、粘り気のある血便や体重減少、腫瘤触知がある場合は下行結腸がん、S状結腸がんの可能性があります。(4)右下腹部と(5)左下腹部に共通して、下痢と便秘を繰り返す過敏性腸症候群も疑われます」
また、お尻の項目で紹介した潰瘍性大腸炎やクローン病は、お腹全体に痛みを感じることがある。ほかにも大動脈解離、大動脈瘤破裂も同様だ。笑福亭笑瓶さんやもんたよしのりさんは、大動脈解離で命を落とした。
「大動脈瘤は大動脈がこぶのように膨らんだ状態、大動脈解離は血管壁が裂け、血液の通り道がもう1本できた状態です。どちらも腹部や背中に、とても我慢できないほどの激痛が走ります。すぐに治療をしないと、命に関わる病気です」
今回紹介したなかでも、端山院長が「苦しんでいる人が多く、病気のことをきちんと知っていただきたい」と話すのが、機能性ディスペプシアと、過敏性腸症候群だ。
「ともに、原因のひとつはストレスだといわれています。内視鏡で診ても異常が認められないので、病院で診察を受けても見落とされてしまうこともあり、周囲にも理解されづらい病気です。過敏性腸症候群は、緊張すると下痢をしてしまうため、たとえば電車でもらしてしまうなど、苦しまれている人が多いです。薬で改善できることもありますから、まずは診察を受けていただければと思います」
そして、多くの患者を診察してきた経験から、端山院長はこう注意を促した。
「私が大学病院に勤務していたころは、30代や40代で大腸がんに罹患し、残念ながら亡くなってしまう人が多くおられました。大腸がんは、早期発見できれば90%以上の高い5年生存率が期待できます。お尻やお腹に痛みを感じたり、出血などの症状が出たりしたら、まずは病院に行って検査を受けてほしいです」
自分の体の不調に耳を傾け、違和感を感じたら、まずは検査を!
おなかとおしりのクリニック東京大塚・端山軍院長
帝京大学医学部附属病院消化器外科に在籍し、お腹とお尻の幅広い疾患の診療に従事。今年2月に東京都豊島区にクリニックを開院
写真・福田ヨシツグ