
ある精子提供者のX
■「シンパパ」の提供者
近年、精子提供を扱った映像作品が増えている。2022年の『30までにとうるさくて』(ABEMA)では、SNSを通じて知り合った男性から精子提供を受ける、選択的シングルマザー志願の女性が登場した。2024年の『モンスター』(フジテレビ系)でも、夫が無精子症のため、SNSを介して精子提供を受けた妻が妊娠するエピソードがあった。
北関東に住む保育士の女性、A子さん(28)は、『モンスター』のストーリーが自身の境遇に重なったようだ。こんな言葉を寄せてくれた。
《容姿に自信もなく、ほとんど男性経験もないため、一からの恋愛をするのがすごく不安でした。結婚生活なんて想像もつかない(笑)。でも、子供はずっと欲しかった。そんな時、精子提供をテーマにしたドラマを見たんです》
記者とA子さんは直接、話ができていない。A子さんに精子を提供した29歳の青年、マサトがLINEの中継点となって筆者に伝えてくれた。それが上記のA子さんの言葉だ。マサトは、Xで希望者を募る精子提供者で、自らの体験を投稿している。
自動車関連の工場に勤務するマサトは結婚が早く、現在、9歳の息子がいる。だが2年半前、妻の浮気が理由で離婚したシングルファザーだ。Xのプロフィールには「シンパパ」(シングルファザーのこと)と記されている。息子はマサトが引き取り、ひとりで育てている。
「Xでは、定期的に息子と過ごす様子もポストしています。精子提供の活動をするうえで、シンパパは有利といえるでしょう。ひとりで子育てをし、仕事と両立させている。だから、信用を置いてもらえるんです」
そんなマサトのXを見て、A子さんはDM(ダイレクトメッセージ)を送った。単に精子提供を受けるだけでなく、出産や育児のアドバイスもしてもらえる。A子さんはそう見なし、マサトへの依頼を決断したようだ。
《今年(2025年)に入ってすぐでした。排卵日を見越してタイミング法を3回試みましたが、その後は相手が多忙で継続せず、妊娠もしていません》(A子さん)
■現在3人が妊娠中
医療機関を介さない精子提供には、実際に性行為をおこなうタイミング法と、針のない専用の注射器を用いて、採取した精液を女性の腟内に直接、注入するシリンジ法の2通りがある。マサトは2024年7月から精子提供の活動を始め、これまで10人に対応したが、8人はタイミング法を選択したという。
「相手と面談し、どちらがいいか確認しますが、シリンジ法だと自分で膣に精液を注入するのが難しいんです。A子さんもそうでしたが、妊娠率が若干高い、タイミング法を選ばれる方が多いです。これまで1人が出産、1人が流産し、現在、3人の方が妊娠中です」
後述するが、現状では医療機関の精子バンクは、法律婚カップルだけが利用できる。SNSで提供者を見つけるのは、未婚女性か同性愛の女性カップルということになる。
「北関東という土地柄もあるのかもしれないけど、相手のほとんどがエッセンシャルワーカーですね。例外といえば、42歳の関西の女医さん、近隣でエステを数店持つ30代後半の経営者ぐらい。女医さんは、いまのところの最高齢で、東京で落ち合いました。エステ社長は現在、妊娠後期です」(マサト)
仕事に全力で取り組み、成果を出してきたが、いざ周囲を見渡すと、仲のいい友人には子どもが複数。ひるがえって自分には相手すらおらず、男性と親密になる機会も稀。両親は孫を望んでいるが、「いまから相手を探すのも面倒だし、時間がかかる。手っ取り早いのが精子提供だった」。女医はそんなことを言っていたという。
一方のA子さんは最若手だ。実家はそこそこ裕福で、ほかのきょうだいはみんな家を出た。両親に子どもを持ちたいとの意思を伝えても、あまり反対されなかったとか。
「A子さんはシンママ志向なんです。立ち入ったことは聞いていませんが、やはりご両親は、後継ぎがほしかったのかもしれません」(マサト)
■きっかけはママ友との間の“娘”
ほかにもマサトは、女性カップルや、男性が比較的高齢という成婚カップルにも精子を提供。だが、それぞれ妊娠には至っていない。自らのXのプロフで強調するのは、4月末に生まれた女の子の存在だ。もっとも、その“娘”は、ママ友との間にできたのだという。
「僕に、世間にはこんなニーズがあると気づかせてくれたのが、そのB子さんでした。B子さんの長男は、うちの息子と、保育園と小学校が同じ。その下に娘がいます。そして、去年の地元の夏祭りで打ち明けられたんです。『もうひとりほしい』と」
しかし、B子さんと夫はセックスレスが続いていた。3人めをほしがらない夫を、B子さんが避け出したからだ。いまは子育てに専従するB子さんも、元は保育士だった。
「ご主人と僕は血液型が同じO型で、当面はバレないからと、なかば押し切られた感じでした。でも、僕もB子さんが好きになり、いつしか関係を持っていました。僕としては真剣で、駆け落ちさえ考えましたが、妊娠がわかると距離を置かれ、いまでは一方的に娘の成長ぶりをLINEで知らせてくるだけです」(マサト)
つまり、マサトはある意味、利用されたのだが、この経験からほどなくXアカウントを開設。その2カ月後には初対面の相手に精子を提供していたのである。
■性病検査は毎月
今回は、マサト以外に2人の精子ドナーが取材に応じてくれたが、うちひとりの40代のベテランの証言は後編に回し、ここではもうひとりの体験談を紹介する。彼の名はシン。28歳の若者だ。
「IT関連企業の会社員です。生まれは九州で、関西の大学を出て、就職で上京しました。この活動を始めて5、6年です。きっかけは、精子ドナーのサイトを見て。そんな人助けもあるんだと思い、即、行動に移しましたね。旧Twitterに専用アカウントを開設後、当初はドナーを募集するシンママに、自分から片っ端、声をかけていました」
プロフの筆頭で強調するのは「性病検査毎月済」。中肉中背で屈強そうなマサトと違って痩身だが、学生時代から武道を続けてきたという。
「健康には自信があり、バイアグラなどに頼っていません。これまでトータルで30人に提供し、2人め、3人めを望む人もいるので、妊娠回数は10台後半というところ。シリンジとタイミングは半々ぐらいでしょうか。僕は相手と距離をあまり詰めないので、出産後にコンタクトを取るのは稀ですね。提供する際も、DMで『受けたい理由』は聞いてますし、当日、会って要望を聞き、タイミングの場合は診断書を見せてもらい、最低限のかかわりで済ませたいほうかな」
マサトと比べ、ずいぶんドライだ。あまりコミュニケーションを取らないものの、これまでの相手からは総じて「恋愛に冷めている」印象を受けたという。
「相談者自身がシングル家庭で育ったりして、そもそも結婚願望がないか、あるいはまともな出会いがなくて、恋愛に興味を失ったかのどちらか。それでも本能なんでしょうか、『お母さんにはなりたい』とよく聞きます」
なお、マサトも、後編に登場するもうひとりのドナーもそうだが、シンも無償で精子を提供する。
「交通費は、都内近郊で1000円以下なら請求しません。ただ、ラブホ代は出してもらいます。相手はシンママ志望が多いけど、20代から40代と年齢層はばらばら。身なりもそれなりで、一般的な事務職が多い印象です。地味だけど、根暗ではない。自分のストライクゾーンが広いだけかもしれませんが、世のなかのブサイク基準よりは上です」
Xでの表現次第で提供先が見つかると、マサトやシンは言う。彼らの投稿にはときおり、過激な動画も見られる。マサトはそれらを「客寄せパンダ」と呼んだ。シンも実際は上記の提供ペースだが、Xでは週に何人も相手をしているように見せかけている。
「閲覧数を上げない限り、検索上位になりませんから。注目されてこそ、ドナー要請は来る。だけど、たまに男性からの冷やかしがあって、むき出しの下半身など、妙な画像が送られてきたりしますね(笑)」
SNSで不特定多数に呼びかける以上、シンもそんな反応は覚悟の上だ。しかし、なぜこれほどまでにX界隈で精子提供が盛んなのか? 後編では医師の解説を含め、この現象の背景に迫る。
取材/文・鈴木隆祐 ※精子提供は仮名