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AI革命が急速に進むこれからの時代に、
AIに仕事を奪われないために、我々は、
どのような能力を身につけていくべきか。
また、政府や企業は、
どのような能力を身につけた人材を育成していくべきか。
この問いに対する答えは、明確である。
それは、AIが圧倒的に優れている
「論理的思考」と「知識の活用」の能力ではなく、
AIに比べて人間が優れている
「直観的判断」(Intuitive Decision)と
「智恵の活用」(Wisdom Management)
の能力を、身につけ、磨いていくことである。
ここで、「知識」(Knowledge)とは
「言葉で表せるもの」であり、
書物や文献から学ぶことのできるものであるが、
「智恵」(Wisdom)とは
「言葉で表せないもの」であり、
経験や体験からしか掴めないものである。
すなわち、この「智恵」とは、
科学哲学者のマイケル・ポランニーが、
著書『暗黙知の次元』で定義した
「暗黙知」(Tacit Knowing)のことでもあり、
AIに比べ、人間が圧倒的な強みを持っている。
これに加えて、「直観的判断」の能力もまた、
経験や体験を積むことによって身体的に掴むものであるため、
本来、人間の方が優れた能力を持っている。
■AIが発揮する「直観的判断力」
しかし、実は、AIは、
この能力の初歩的なものについては、
すでに、その一部を代替し始めている。
例えば、これまで、永年の経験を積み、道路事情に詳しい
熟練のタクシー運転手は、
「この時間帯は、この道路を走ると、客を掴まえやすい」
という直観を発揮していたが、
日本のタクシー会社では、
過去の道路情報や乗客情報のビッグデータを活用して、AIが判断し、
新人のタクシー運転手に、どこを走るべきかの指示を出し、
実際に売り上げを増やしている。
また、米国の警察では、AIが、
「この曜日には、どの地域で、どの時間帯に犯罪が発生しやすいか」
をビッグデータを用いて判断し、
警察官にパトロールの指示を出すことによって、
犯罪の検挙率や抑止率を高めている。
これも、かつては、熟練の警察官が直観的に判断していたものである。
このように、いまや、AIが代替する仕事は、
「簡単な知識労働」のレベルに止まらず、
直観的判断が求められる「高度な知識労働」の領域にまで
広がっていることは、知識労働者にとっては、
将来の大きな脅威である。
■AIでは代替できない「三つの能力」
では、これからの時代、
「AIによっても代替されない、人間だけが発揮できる能力」とは、
具体的に、どのような能力か。
筆者は、世界経済フォーラム(ダボス会議)の
Global Agenda Councilのメンバーを務めていたが、
この会合でも、この問題について、様々な議論がなされてきた。
そして、この議論を通じて、多くの専門家は、
次の「三つの能力」が、AIでは代替できない能力であるとの考えで、
一致している。
第一 ホスピタリティ
第二 マネジメント
第三 クリエイティビティ
しかし、
では、これら「三つの能力」が、さらに具体的に、
どのような能力によって支えられているか。
これら「三つの能力」を、どのように身につけ、磨いていくか。
については、あまり深く議論されていないので、
本書では、筆者の考えを、簡潔に述べておこう。
■「ホスピタリティ」の二つの力
まず、最初の「ホスピタリティ」については、
受付サービスや案内サービスなど、
「言語的コミュニケーション」に基づく定型的なサービスは、
AIが簡単に代替してしまう。
従って、人間は、もっと高度なホスピタリティの能力を
身につけなければならない。
そのためには、これからの時代、特に、次の「二つの力」が重要になる。
第一は、「非言語的コミュニケーション力」である。
すなわち、ビジネスの顧客や職場の同僚など、相手の無言の声に耳を傾け、
その気持ちを推察し、また、言葉を超えて、
こちらの温かい気持ちを伝える力を磨いていく必要がある。
第二は、「対人的深層共感力」である。
これは、相手の立場に立って物事を考え、感じ、共感する能力であるが、
非言語的コミュニケーション能力を最高度に発揮するために
最も大切な力である。
そして、言うまでもなく、この「非言語的コミュニケーション力」と
「対人的深層共感力」は、
AIでは決して代替できないものである。
■「マネジメント」の二つの力
次に、「マネジメント」については、
財務や資材や人材、プロジェクトなどのマネジメントの仕事は、
これから、AIが人間以上の能力を発揮して代替していく。
従って、人間は、AIでは代替できない高度なマネジメントの仕事に
向かう必要があるが、そのためには、
特に、次の「二つの力」が重要になる。
第一は、「成長マネジメント力」である。
これは、組織のマネジャーやリーダーとして、メンバーが能力を高め、
プロフェッショナルとして成長していくことを支える力であるが、
その力の基本となるのは「コーチング力」である。
第二は、「心理マネジメント力」である。
これは、組織のメンバーが、対人関係などで精神的な問題を抱え、
悩み、苦しむとき、そこから立ち直ることを支える力であるが、
その力の基本となるのは「カウンセリング力」である。
この「成長マネジメント力」と「心理マネジメント力」もまた、
AIでは決して代替できないものであり、いずれも、
これからの高度知識社会においては、組織のマネジャーやリーダーには、
極めて重要な力になっていく。
■「クリエイティビティ」の二つの力
最後の「クリエイティビティ」については、
「革新的な技術の発明」や「斬新なデザインの発案」などの天才的能力は、
AIでは決して代替できないものであるが、
一方、そうした能力は、誰もが発揮できるものではない。
では、AI時代に、誰もが発揮できる「クリエイティビティ」とは、何か。
それは、次の「二つの力」である。
第一は、「集合知マネジメント力」である。
これは、組織のメンバーが集まり、それぞれの知識と智恵を出し合い、
議論し、そこから新たな知識や智恵が「創発」(Emergence)してくる
プロセスを促す力である。
そして、この力を発揮するためには、
組織のメンバーがわくわくするような魅力的ビジョンを語る
「ビジョン・メッセージ力」と、
メンバーが小さなエゴを超えて、互いに協力し合える場を創る
「エゴ・マネジメント力」が求められる。
第二は、「組織内アイデア実現力」である。
これは、組織において、単に新たなアイデアを「発案」するだけでなく、
そのアイデアを周囲に魅力的に説明し、上司をうまく説得し、
組織を円滑に動かすことによって、そのアイデアを「実現」する力である。
実は、企業や組織において真に求められる「クリエイティビティ」とは、
単なる「新規アイデア発案力」ではなく、
これら「集合知マネジメント力」や「組織内アイデア実現力」であり、
この「二つの力」もまた、AIでは決して代替できないものである。
■人間だけが発揮できる「六つの力」
このように、これからの時代に、AIでは決して発揮できない能力、
人間だけが発揮できる高度な能力として、次の「六つの力」が挙げられる。
第一 非言語的コミュニケーション力
第二 対人的深層共感力
第三 成長マネジメント力
第四 心理マネジメント力
第五 集合知マネジメント力
第六 組織内アイデア実現力
従って、これからのAI革命の時代には、政府や企業は、
知識労働者の大量失業を防ぐために、国民や社員が、
こうした能力を身につけ、磨くことを支援する必要がある。
また、我々個人も、AIに仕事を奪われないために、
こうした能力を高めていくことが、極めて重要な条件になっていく。
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以上、田坂広志氏の新刊『[新版]未来を予見する「五つの法則」~世界はどこに向かうのか~』(光文社新書)をもとに再構成しました。パンデミック、AI、遺伝子工学、宗教、科学、アート、そして「不死」の未来を縦横に語ります。
●『[新版]未来を予見する「五つの法則」』詳細はこちら