ライフ・マネーライフ・マネー

先人たちが明かしていた「アンガーマネジメント」ダライ・ラマ14世の「マインドフルネス」とは?

ライフ・マネー 記事投稿日:2026.01.17 06:00 最終更新日:2026.01.17 06:00

先人たちが明かしていた「アンガーマネジメント」ダライ・ラマ14世の「マインドフルネス」とは?

ダライ・ラマ14世(2009年、写真:AP/アフロ)

 

 認知行動療法の技法として、とりわけ有名なもののひとつがアンガーマネジメントだろう。文字どおり、怒りの感情をどのように管理するかというテクニックだ。

 

 生きていると、腹立たしく感じることに多く襲われる。そのたびに怒りの感情に突きうごかされていたら、非常に疲れてしまうし、なにより厄介なトラブルに発展することも多い。

 

 紀元前2世紀から紀元後2世紀にかけて成立したとされる『マヌ法典』は、バラモン教やヒンドゥー教の重要な法典だが、これを読みながら私は、カースト制度を肯定する内容が延々と記されていることに打ちのめされてしまった。あまり良い気持ちのする読書体験ではなかったが、王に対する忠告を記したつぎの一節は心に残った。

 

《欲望(カーマ)から生じる十の悪徳、怒りから起こる八の悪徳――悲惨な結果に終わるこれらのものを努めて避けるべし。

 

 なぜならば、欲望から生じる悪徳に耽る王は実利(アルタ)と正しい生き方(ダルマ)、怒りから生じる悪徳に〔耽るときは〕自ら〔を失う〕からである。

 

 狩猟、賭博、昼寝、誹謗、女、飲酒、三種の歌舞演奏(歌、踊り、楽器演奏)、〔功徳を積むことと無関係な〕意味のない旅行は欲望から生まれる十のものである。

 

 陰口、凶悪犯罪、裏切り、嫉妬、名誉毀損、財物を駄目にすること、言葉による暴力、暴行は怒りから生じる八のものである。》(渡瀬信之(訳注)『マヌ法典』、平凡社、2013年)

 

 ここでは、欲望に溺れれば実りと正しい生き方を失うが、怒りに溺れれば命すら失うと説かれている。怒りがいかに有害であるかと忠告されているのだ。『マヌ法典』と仏教の精神には大きな隔たりが横たわっているが、それでも仏教の教えを短い警句によって伝える『法句経』には、つぎのような文言で怒りへの誘惑がたしなめられている。

 

《ひと若(も)し

 

 他(ひと)の過(とが)をさがし求めて

 

 つねに怒りの

 

 心を抱かば

 

 彼の漏(まよい)は増すべし

 

 かくしめ漏尽(さとり)を去ること

 

 いよいよ

 

 遠からん》(友松圓諦(訳)『法句経』、講談社、1985年)

 

 さらに明の時代、万暦年間(1573年~1620年)の著述家とされる洪自誠が記した随筆集『菜根譚』も見てみよう。儒教的・道教的思考だけでなく、仏教的な思考を取りこんだこの書物でも、怒りの管理が大きな効用をもたらすことが指摘されている。

 

《人が欺(あざむ)いていると知っても、ことばに出してとがめるようなことはしない。また、人が侮っているとわかっても、顔色を変えて怒るようなことはしない。(この両者はなかなかむずかしいが)、これができる態度の中には、限りないおもむきがあり、また、計り知れない効用があるものだ。》(洪自誠『菜根譚』、今井宇三郎(訳注)岩波書店、1975年)

 

『マヌ法典』も『法句経』も『菜根譚』も、禁欲的に怒りをコントロールすることの重要性を説いている。アンガーマネジメントは認知行動療法の専売特許ではなく、人類史を通じて連綿と受け継がれてきたのだ。

 

■マインドフルネスを提唱したダライ・ラマ14世

 

 現代の生ける聖人として著名なダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ(1935年~)は、アンガーマネジメントの具体的な技法としてマインドフルネスを提唱している。

 

 マインドフルネスとは、じぶんの心の動きをじぶん自身で観察することによって平静さを得るという認知行動療法の技法だが、もともとはベトナムの禅僧で、平和活動家でもあるティク・ナット・ハン(1926年~2022年)たちが、仏教の瞑想を心理学に取りいれて成立した。ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォは述べる。

 

《たとえば、「怒りを表に表わす」という悪い行為について考えてみましょう。仏教にはいかにして憎い対象が心に現われるのか、いかにして心が反応するのか、怒りの本質は何か、というような「怒り」というものを見極めるための修行があります。

 

 この修行においては心に怒りを生じさせ、それからその怒りを観察します。しかし、この修行は外側に怒りを発散し、誰かと争うということを意味してはいません。もし怒りに満ちた態度を外に表わしそうになったならば、あなたは心のドアを閉めて、あなた自身の内部にとじこもり、そこで怒りを生じさせ、それを研究してみるのがよいでしょう。》(ダライ・ラマ十四世テンジン・ギャムツォ『ダライ・ラマの仏教入門――心は死を超えて存続する』、石浜裕美子(訳)、光文社、2000年)

 

 怒りを観察し、研究することで、冷静さを取りもどし、怒りを管理できるようになる。多くの人がこの心構えから学びを得られるだろう。テンジン・ギャツォは怒りを見せてはいけないとは言わないが、怒りを表面化することによって、かえって状況が悪化することを冷静に見定めている。

 

《ある種の心の問題――失望、なんらかの精神的危機――にとっては、それらを口に出して外に表わすことが良いこともあります。外に出すことは内部に溜まっていた不快な感情を減少させます。

 

 しかし、別の種類の精神的危機、たとえば、怒り、あるいは執着などの煩悩は、あなたがそれを外に表わせば表わすほど、それは昂進していきます。この種の感情は抑制するほうがより有効な処置となります。

 

[……]特定の状況のもとでは怒りを表に出すことも許されると思いますが、その場合でも決して他人を害してはなりません。賢い両親は手をあげないで子供を諌めるものです。》(同)

 

 宗教虐待を受け、体罰によって打ちのめされていた私としては、賢い親は子どもに手をあげないで諌めるものだ、というまっとうな指摘に非常に勇気づけられる。体罰の問題が広く知られるようになった現在でも、子どもに対してついつい手をあげてしまいたくなる親はたくさんいるのだと思う。怒りを表すことで、かえって自身の怒りは煽られるというダライ・ラマの指摘を心に響かせていきたい。

 

 

 以上、横道誠氏の近刊『やっぱり人生を支えてくれる宗教の言葉 2000年の叡智から私が学んできたこと』(光文社新書)をもとに再構成しました。聖典・聖人の言葉はもちろん、哲学者から詩人、古典からベストセラーまで、悩める人類を救いつづけてきた叡智のアーカイブ。

 

■『やっぱり人生を支えてくれる宗教の言葉』詳細はこちら

出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

ライフ・マネー一覧をもっと見る

今、あなたにおすすめの記事

関連キーワードの記事を探す