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34歳で亡くなった女性哲学者シモーヌ・ヴェイユが考える「天才」とは? 映画で考える「暗い闇夜を生き抜く力量」の真髄

ライフ・マネー 記事投稿日:2026.05.23 06:00 最終更新日:2026.05.23 06:00

34歳で亡くなった女性哲学者シモーヌ・ヴェイユが考える「天才」とは? 映画で考える「暗い闇夜を生き抜く力量」の真髄

シモーヌ・ヴェイユ(写真:アフロ)

 

 フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユの思想は、20世紀前半という激動の時代に、わずか34年の生を駆け抜けた一女性が紡ぎあげたものだ。それは、原石の詰まった貴重な箱だが、それらの原石が光彩を放つには、その箱を手にしたそれぞれの人が、原石をひとつひとつその人なりのやりかたで磨き上げる必要がある。

 

 その努力を惜しまないとき、シモーヌ・ヴェイユの思想は、いついかなるときも、誰でもない “その人自身の” 思想を熟成させる光になる。

 

 具体的に見てみよう。ここでは、「天才」について考える。シモーヌ・ヴェイユは、《天才とは暗い闇夜を生き抜く力量にほかならない》と語っている。

 

《天才とは、おそらく〈暗い闇夜〉を通り抜ける力量にほかならない。この力量をもたぬ者は、闇夜の淵で、意気消沈し、わたしはできない、わたしにこれは向かない、わたしには何もわからないと言うのだ》(※1)

 

「若いときの苦労は買ってでもせよ」とは、しばしば大人が若年の者に向かって放つ決まり文句である。だが、普通に考えれば、若かろうが老いていようが、苦労などしないほうがよいであろう。

 

 苦労に意味が見出されるとすれば、それは、若さのエネルギーに反して、そのエネルギーがどこにも向かえず、「屈辱」のうちにあり、「待機」のうちにあるのを余儀なくされるということである。

 

 映画『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988)の監督ジュゼッペ・トルナトーレは、16歳のときから映写技師として働いている。同年齢の子どもたちが学校教育を受けているさなか、何百回も同じ映画をひたすら映写し続けるその「労働」の只中で、トルナトーレはカットやモンタージュの技法を独学している。

 

 そうしたトルナトーレは、「洞窟」を出るまでの長い真暗闇の通路を歩んできたと言えるだろう。それは、第一級の映画作品を観た人々が、暗闇の映画館を出る際、朗らかな笑顔で満たされているかのごとくである。この経験が、トルナトーレの偉才を形作っている。

 

 シモーヌ・ヴェイユは、こうも語っている。

 

《どんな人間でも、たとえその生来の能力がほとんどなくても、ただ真理を欲し、そして真理に到達する注意力の努力を絶え間なくするならば、天才に約束されている真理のあの王国に入り込むのだ》(※2)

 

 1950年代前半は、日本映画の黄金期と言われている。日本を代表する3人の映画監督、小津安二郎(1903-63)、黒澤明(1910-98)、溝口健二(1898-1956)は、それぞれ同時期に、『東京物語』(1953)、『七人の侍』(1954)、『山椒大夫』(1954)といった不朽の名作を生み出している。

 

「なぜパン〔カメラポジションを固定しカメラを水平に振る技法〕やオーバー・ラップ〔画面に次の画面が重なって、前の画面は次第に薄くなり、次の場面が濃くなり、結果カットが入れ替わる技法〕をやらないのか」という問いに対して、小津はこう応答している。

 

「どうにもきらいなものはどうにもならないんだ。だからこれは不自然だということは百も承知で、しかもぼくは嫌いなんだ。そういうことはあるでしょう。嫌いなんだが、理屈にあわない。理屈に合わないが、嫌いだからやらない」(※3)

 

 小津のこの激しい口調に接するとき、黒澤の華麗なオーバー・ラップが脳裏に浮かぶ。ライバルとは苦しい存在である。できればいてほしくない存在である。

 

 だが、「ああ、この人には敵わない」という他者の存在は貴重である。これは自分には絶対敵わない。それでは、自分がなしうることは何かと自らの個性と資質を見つめ、自身を掘り下げてゆく。

 

『東京物語』、『七人の侍』、『山椒大夫』は、突如、突然変異のように生み出されたのではない。かれらの天賦の才に先立って、かれらの光の見えない、屈辱と待機を帯びた並々ならぬ地道な努力が、かれらの天才を形作っている。

 

 それゆえ、「オーバー・ラップは嫌いだからやらない」というさきの言葉に先立つ、「なんでもないことは流行に従う。重大なことは道徳に従う。芸術のことは自分に従う」という小津の言葉が、わたしたちの心に力強く響くのである。

 

※1 Simone Weil, OEuvres completes, Tome VI, volume 2, Cahiers 2 (septembre 1941- fevrier 1942), Paris, Gallimard, 1997, p.131.シモーヌ・ヴェーユ、山崎庸一郎・原田佳彦訳『カイエ1』みすず書房、1998年、418頁。

 

※2 シモーヌ・ヴェイユ、今村純子訳「手紙IV 精神的自叙伝」『神を待ちのぞむ』河出書房新社、2020年、104頁。

 

※3 小津安二郎・岩崎昶・飯田心美座談会「酒は古いほど味がよい」『キネマ旬報』1958年8月下旬号。佐藤忠男『小津安二郎の芸術』上、朝日選書、1990年、45-46頁より引用。

 

 

 以上、今村純子氏の新刊『シモーヌ・ヴェイユ思想入門』(光文社新書)をもとに再構成しました。フランスの思想家シモーヌ・ヴェイユの思索は、世界の思想家や芸術家に大きな影響を与えました。その思想の核心に迫ります。

 

『シモーヌ・ヴェイユ思想入門』詳細はこちら

出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

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