
1428年創業、長野県 “最長寿” である佐久ホテルの篠澤明剛社長、妻の真理子さん(写真・保坂駱駝)
47都道府県の “最長寿企業” を調べ、多くの老舗を訪ね歩くと、そこには「伝統」という言葉からは想像できない光景が広がっていた。
インバウンド需要に向き合う宿があり、高齢化で担い手を失った田畑を引き受ける農家があり、販路を海外に求める刃物店がある。取材先で飛び交うのは、昔話よりも現在進行形の話題ばかり。地域人口減少、人手不足、技術継承、原材料高、SNS対策――業種が違えば課題も変わるが、現場はいずれも「イノベーション力」に満ち、変化を恐れていなかった。
何百年も商売を続けてこられた理由は、伝統を守ることだけではなく、時代の変化に向き合い続けてきたことにあるのかもしれない。本記事では、「東日本」で出会った “最長寿企業” の営みを紹介しよう。
なお、創業年やどの企業が県内で “最長寿” に当たるかについては、見解が分かれるケースが少なくないことをあらかじめお断わりしておく。
■【1394年創業】塩瀬総本家(東京都)
700年前からヴィーガン&グルテンフリー
「おいしいものに当主が向き合ってきた歴史が、和菓子の歴史となっているんです」
そう語るのは、常務の川島一浩さん。慶大大学院でMBAを取得後、アクセンチュアやSONYを経て4年前に家業へ入った。初代・林浄因から数えると36代目になる。
中国から伝わった肉入り饅頭を、日本の禅僧向けに小豆餡入りへと改良したのが浄因。砂糖や肉が貴重だった時代に生まれた一品は、和菓子文化の出発点となった。
「塩瀬は、約700年前からヴィーガンやグルテンフリーに取り組んできたともいえます。その時代のニーズに真摯に向き合い、和菓子のイノベーションを積み重ねてきたのです」
応仁の乱を逃れて三河国塩瀬村へ疎開し、徳川家康に連れられ江戸に進出ーー。幾度もの時代の変化を乗り越えられた理由は、そこにあった。
■【鎌倉期創業】大申学(静岡県)
富士登山客からレース見物、自衛隊幹部の定宿に
「うちは大昔、お札を配って富士山を案内する御師(おし)だったんです。当時、このあたりは富士講の参拝者でとても賑わっていて、頼まれて泊めていたのが始まりです」
そう語るのは、17代目の米山芳子さん。娘で18代目の美紀さんとともに旅館を切り盛りする。母娘で営む宿には、時代の移り変わりとともにさまざまな客が訪れてきた。
「須走登山口までは10kmほどで、以前は登山目的の方も多かったんですが、富士宮ルートで五合目まで車で行けるようになってからはめっきり。東富士演習場などの陸上自衛隊の関係者や、富士スピードウェイでのレース見物の方が今は主流です」(美紀さん)
「じつは陸自の富士学校の歴代校長の方々の定宿で、なにか催しがあるとご利用いただいていますね」(芳子さん)
800年以上前から、御殿場に集う旅人たちの重要な拠点であり続けているのだ。
■【1560年創業】戸谷八商店(埼玉県)
渋沢栄一と交流した商家「賑わいを次代に」
陶器販売と不動産業を営むその歩みは、中山道・本庄宿の商業史そのもの。
「近代の本庄は、養蚕や金融で活気に満ちていました。中興の祖の11代目・戸谷八郎左衛門は、渋沢栄一翁と深く交流し、強い影響を受けました」
と語るのは15代目当主の戸谷充宏さん。11代目は渋沢翁の指導のもと、本庄商業銀行を立ち上げ、12代目は学生寮「埼玉学生誘掖(ゆうえき)会」の評議員も務めた。大学で歴史を専攻した姉の藤井恭子さんが、広大な屋敷裏を案内してくれた。
「井戸水を利用した自家用水道の仕組みには、見学に来られた専門家も驚いていました」
地元の有志らによる「本庄まちゼミ」での歴史探訪イベントへの協力にも積極的だ。
「歴史資源を地域のために生かしてこそ、本庄宿の賑わいを次代につなげられます」と充宏さん。店には、随所に昭和のデッドストックが。掘出し物を探してみては?
■【970年創業】中村社寺(愛知県)
寺社を修理・改築し、「思い」を遺す
真清田(ますみだ)神社や成田山名古屋別院大聖寺などの修理・改築を手がける宮大工集団だ。そうした有力社寺も手がけるが、予算が潤沢とはいえない一般の寺や神社の改修も数多く担う。
「寺や神社は、檀家や氏子の皆さんの浄財で成り立っています。新築を断念し、改修にせざるを得ない事情があったとしても、いかにその寺社の思いを遺すかが、私たちの務めです」
そう語る加藤雅康社長は、過疎化にともなう廃寺の部材を宮大工の技で甦らせる新事業にも挑む。
「残存価値の高い彫刻や組み物を厳選して再生し、次の受入れ先に新築の7割ほどの費用でご提供する。伝統を守りつつ、お財布にも優しい挑戦です」
職人不足など試練は絶えない。元商社マンの加藤社長は、妻の実家の伝統稼業の存続を、自身の新たな使命に――との思いで、経営に入った。
「つい数年前、新卒の女のコを1人採用できて本当に嬉しくてね。埼玉にある実家まで、ご両親に挨拶に行ってきたんですよ」
そう顔をほころばせた。
■【1428年創業】佐久ホテル(長野県)
佐久鯉を看板に――老舗旅館の新戦略
室町時代から続く老舗旅館だが、現在の売り上げの9割を飲食が占めるという。
「地域で冠婚葬祭利用をするならうち、と相場が決まっていました。ところが、昔は3日3晩続いた披露宴が、今ではほぼゼロ。法事や葬式をやらない家も増えたんです」
19代目の篠澤明剛社長が明かす。現在の看板は、江戸期から継ぎ足す秘伝のタレで煮込む「佐久鯉」だ。
「祖父・父・私と帝国ホテルで修業をしています。父は、深夜1時からパンを仕込んでいました。お客様が喜ぶためなら時間も手間も惜しまない、もてなしの心はずっと変わりません」
妻の真理子さんは、フランスに向かう機内で隣り合わせた仲だとか。
「もとは奈良の養護施設で子供たちの世話をしていました。人のために尽くすのが私の生きる道。女将業に抵抗はありませんでした」
夫妻のもてなしと、文人たちも愛した郷土料理を武器に、新たな客層の開拓に挑む。
取材/文・鈴木隆祐 取材協力・(一社)100年経営研究機構
![Smart FLASH[光文社週刊誌]](https://smart-flash.jp/wp-content/themes/original/img/common/logo.png)







