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マツダ 危機脱出の立役者が語る「魂動デザイン」が生まれるまで

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2018.06.02 13:08 最終更新日:2018.06.02 13:08

マツダ 危機脱出の立役者が語る「魂動デザイン」が生まれるまで

 

 2009年、経営危機に陥ったマツダを救ったのは、「魂動デザイン」という新しいブランド哲学だった。いったい、この哲学はどのように誕生したのか。

 

 マツダのDNAを掘り下げていく中で私が辿り着いたのは「動きのデザイン」ということだった。R360クーペからはじまってコスモスポーツ、ファミリア、カペラ、サバンナ、RX‐7、ロードスター……マツダの車は常になんらかの動きを表現してきた。

 

「動き」は重要なキーワードだと思った。

 

 では、その「動きを表現する」というのはどういうことだろう。ただ単にスポーティな雰囲気を打ち出したかっただけなのか。いや、違う。そこにこそ、この会社が長年追い求めてきた哲学があり、マツダと顧客をつないでいる最大の接点があるはず……。

 

 さんざん頭を悩ませた末に私の前に現れたのは、ひとつのシンプルな言葉だった。
「Zoom‐Zoom」

 

 言うまでもなくそれは2001年に策定されたマツダのブランドメッセージである。子供の頃に感じた、「ブーブー」と言いながらおもちゃの車を走らせるときの歓び。高速で走り去る車を夢中で眺めていたワクワク感。

 

 結局マツダがずっと車に託してきたのは心が躍る感覚であり、それは「躍動感」というカタチでデザイン面でも表現されてきた。やはりすべては「Zoom‐Zoom」という言葉に集約されてしまうのだ。

 

 私はそこからさらに思考を掘り進めた。

 

 われわれは車にワクワクやときめきといったエモーショナルな要素を求めてきた。それは車をただの道具やただの機械だとみなさないということを意味する。われわれにとって車とは自分の分身のようなもので、「愛車」と呼びたくなるような擬人化された存在であったのだ。

 

 では、そんな家族の一員であり、相棒のようでもあり、恋人のような車を作るために、われわれデザイナーがやらなければならないことは一体何だろう?

 

 それは「車を仲間にする」ことではないか。仲間を作る……仲間を作るとは、すなわち車に命を与えるということ……デザイン的に命を与えるとは「生命感を表現する」ということ……そう、生命感! 

 

 これまでマツダがやってきた「動きのデザイン」とはすべて車に命を与えるためのものであり、生命感の表現にこだわり続けてきたのが100年近い歴史を誇るマツダデザインのヒストリーだったのだ。

 

 思考がそこまで到達したのが2009年の末だった。

 

 おぼろげながらカタチのイメージも湧いてきた。本質が見えた後はそれをどういう「言葉というカタチ」に封じ込めるかが焦点となる。できうる限り正確に伝えたいと思った。

 

 そこからの道のりは長かった。どんな言葉に落とし込むか。ある種コピーライティングに近い作業は想像以上にいばらの道だった。

 

 とにかく朝から晩まで言葉をいじり続けた。どんなところからも言葉を引き出し、われわれの哲学にそぐわないか当ててみた。何度か「これだ!」という瞬間はあったが、一度候補になりながら没になった案は100個以上ある。風呂の中でも考えていたので、お湯でふやけたメモ用紙も山のように溜まっている。

 

 ただ、私は闇雲に考えていたわけではない。ある程度のイメージは持っていた。やはり日本の自動車会社なので日本語がいい。しかも漢字。理想的には漢字1文字。漢字にこだわったのは、外国人にとって漢字はエキゾチックに映る場合が多いという理由からである。

 

 途中まで最有力候補は「鼓動」だった。私の中でマツダのDNAを表現する言葉として一番ふさわしいと思えたのは「BEAT=ビート」というもので、それはワクワクドキドキを意味するハートビート=心音、生命感の表出、命そのものを内包した存在……など私がイメージするビジョンの多くを含んでいるように思えたのだ。

 

 しかしそれを「鼓動」と漢字で書いてみると何かが足りない。確かにビートは感じるし、生命感も含んでいるのだが、文字面から伝わってくる「心」のインパクトが弱いのだ。

 

 90%近くまでは表現できているのに惜しいな……私はそんな未練をデザイン本部のメンバーの前で漏らした。わざわざ日曜日に集まってもらったミーティングの席で、私は目下の悩みを打ち明けた。

 

 いろいろ考えて「鼓動」にしようと思っているけれど、どうも「鼓動」という漢字がしっくり来ないんだよ。他にいい言い方はないのかな……。

 

 そのとき、ひとりのメンバーが声を上げた。
「じゃあ、魂はどうですか?」

 

 その瞬間、私の魂も撃ち抜かれた。そうか、その手があったか! 本来「魂」という字は「コ」とは読まない。だが「魂動」と書いて「コドウ」と読ませることは可能ではないか? いや、そう読ませればいいのではないか……?

 

 私は「解けた」と思った。まさに氷解したという感じだった。「動きのデザイン」を標榜してきたマツダであるがゆえ、言葉の中に「動」という文字が入ることは間違いないと思っていた。

 

 ここは動かしようがなくフィックスしていた。しかし問題は「動」に何を組み合わせるかだった。「魂」という言葉にはいろんな意味が込められる。魂に訴えかける美しさ、魂を震わせるデザイン、職人たちが魂を込めて作り上げた作品……どの意味もわれわれが目指している方向と合致する。

 

「魂」と「動」の融合。これだ、これしかない。やっと見つけた。ラストピースがぴったりはまって一気にドミノが倒れはじめた――。

 以上、前田育男氏の新刊『デザインが日本を変える 日本人の美意識を取り戻す』(光文社新書)を元に構成しました。なぜ地方の小さな自動車会社マツダは、世界一になれたのか? 危機脱出の立役者がこれからのメーカーの在り方を考えます。

 

●『デザインが日本を変える』詳細はこちら

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