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学生時代に借金450万円、ホスト生活を経て社労士に…風俗店、キャバクラ経営者が頼る「歌舞伎町の先生」の仕事術

ライフ・マネー 記事投稿日:2026.07.19 06:00 最終更新日:2026.07.19 06:00

学生時代に借金450万円、ホスト生活を経て社労士に…風俗店、キャバクラ経営者が頼る「歌舞伎町の先生」の仕事術

「KING’S BAR行政書士・社会保険労務士事務所」の井上信亨氏。事務所に設けたバーで(写真・酒井よし彦)

 

 難関国家資格を武器にして、夜の街で生きる人々を支える専門家がいる。彼らは、なぜこの世界を選び、どんな修羅場をくぐってきたのか。「KING’S BAR行政書士・社会保険労務士事務所」の代表兼マスター・井上信亨(49)の異色の経歴と仕事の流儀に迫る。

 

「歌舞伎町っぽい話をすると、風俗店の従業員のトラブルで、いわゆるケツ持ち(用心棒)と私が話し合いをすることもありました。イカつい風貌の彼らは声を荒らげたり、テーブルを叩いたりしますけど、ヤーさんの知り合いだからといって法律が変わるわけでもない。私は話を聴くだけです」

 

 さすがに荒っぽい交渉ごとにも慣れている。井上は強面(こわもて)といっていいだろう。恰幅のよさに加え、ホスト御用達のスーツ店で仕立てた洋服が似合う。失礼ながら、初対面では難関国家資格を持つ人とは思えないほどの迫力があった。

 

 井上は、行政書士・社会保険労務士として独立してまもなく20年になる。現在は西新宿の高層ビルに事務所を構えているが、昨年までは歌舞伎町の雑踏のなかにあった。

 

「社労士の仕事は本当に地味なもので、労働保険や社会保険の手続きを会社に代わっておこなうのがメインです。従業員の入退社手続き、給与計算、助成金申請もやります」

 

 井上の事務所全体では、 “夜の街” に関する仕事は2、3割ほどだという。

 

「そもそも、一般的な社労士はあまり引き受けたがりませんから、これでもかなり多いほうです。私はもともと歌舞伎町で長く働いていて、飲食店や風俗店、キャバクラといったお客さんが多いんです」

 

 夜の街の仕事を敬遠する社労士が多いのは、判断が難しい場面が多いからだ。

 

「ガールズバーもキャバクラもホストも合法ですが、社労士から見ると、法的な意味で労働者か業務委託契約かわからないことにリスクがあります。月に何百万も稼ぐキャバクラ嬢や風俗嬢の場合は、業務委託契約の個人事業主とみなされる可能性が高いです。でも、時給1500円から3000円ぐらいのガールズバーの店員は、法的に労働者かどうかの判断が難しいケースがあります」

 

 契約書の文言だけで業務委託か労働者かが決まるわけではなく、適用される法律も変わってくるのだ。

 

「形式ではなく、法律では実態で見ます。個人事業主であるキャバ嬢は労働基準法の対象にならない可能性が高いです。ただ、ガールズバーの従業員は、勤務時間が固定され、お店の細かい指示で働いていることが多い。その場合はきわめて労働者性が高いので、たとえばよくある『遅刻したら罰金1万円』といったルールを科す店は、法律違反になる可能性があります」

 

■大学卒業のころには借金が450万円に膨れ上がっていた

 

 井上がなぜ歌舞伎町と繋がったのか。話は幼少期に遡る。

 

「出身は福島県の棚倉町です。母親は小さいころからいなくて、父親はピアノの先生だったんですけど、生徒がいないんですよ。その後は多少持っていた土地を売って、食いつないでいました」

 

 やがて、土地も車も電話もなくなった。

 

「高校に行くバス代がありませんでした。参考書もないまま、ひたすら教科書を覚えて勉強をしていました」

 

 その環境のなかで、井上は早稲田大学政治経済学部に合格する。

 

「後で弟に聞いたら、父があちこちからお金を借りて、入学金を用意したらしいです。それを知らなくて、親が家賃も学費も払ってくれると思っていたら、入学して間もなく突然仕送りが止まりました。手紙で催促しても返事がないので、実家に帰ると、親父と大喧嘩になりました。それからは、亡くなる直前まで音信不通でした」

 

 生活費や学費は自分で稼ぐしかない。コンビニ、居酒屋、ファミレスなどのバイトに明け暮れた。学生ローンで借り入れ、延滞したこともあった。借金は卒業するころには450万円に達していた。しかも当時、消費者金融の年利は39.9%。返しても返しても、元金は減らない。

 

「ある日、安アパートで起きたら枕元に取立て屋がいて『もう死んだな』と思いましたね。なんとか生き延びましたけど。歌舞伎町のチェーン居酒屋で働く毎日でした」

 

 居酒屋の運営会社は、 “元祖ブラック企業” だった。

 

「店のオープンの昼3時から閉店する朝の8時まで、休憩1時間を除く16時間働くこともありました。当時の系列店のなかで、私は時給トップでした。といっても、1150円ですけどね」

 

 井上は、居酒屋の収入に加え、第二の手段を考えた。

 

「普通のバイトだけでは返せないと思い、居酒屋で働きながら、ホストもやっていました。ホストだけで月40万円くらいになるときもあったけれど、拘束時間は長いし、生涯の仕事にしようとも思えません。身ぎれいになって社会復帰するのが目的なので、8カ月ほどでやめて、また居酒屋の仕事に集中しました」

 

 社会復帰のための武器となるもの。井上は働きながら資格試験の勉強を進めていた。

 

「行政書士は1年ほどの独学で取得でき、借金も6年がかりで返し終わりました。やっと歌舞伎町の居酒屋から南青山の司法書士事務所に移りました。ただ、目標とする司法書士試験は合格率が低いうえに、銀行の統廃合が進み、先行きに限界を感じたんです」

 

 そこで、社労士の事務所に転職した。労働環境はいいとはいえず、所長とは喧嘩が絶えなかったが、顧問契約は多数あった。「これなら自分でもできる」と井上は考え、社労士資格を取ると同時に開業を考えた。最初は、人材派遣会社の労務部や債権回収会社などで働きながら顧客を増やし、30代半ばで歌舞伎町に事務所を構えた。

 

■新宿区役所の目の前に念願の事務所を開く

 

「歌舞伎町には、いつか戻ってきたかったんですよ。開業してしばらくは、飲食店や風俗店の許認可申請という行政書士の仕事から始まり、ぽつぽつと社労士の顧問契約も入ってきて、なんとかなってきました。普通の会社の仕事だけでは、正直、あまりおもしろくないんですよ(笑)」

 

 このときの事務所の住所は、新宿区歌舞伎町1−2−3。区役所の目の前である。事務所名は「KING’S BAR」とした。

 

「事務所のすぐ裏がゴールデン街で、仕事をしていると、入口にある外国人向けの店から大音量の歌声が聞こえてきました。裏にはストリップ劇場もありました。そんな場所で、バーのように顧客とざっくばらんに話ができるなら、自分らしいと思ったのです」

 

 そんな井上のところには、「年金事務所の調査が入りそうだ」と駆け込む客もいる。

 

「一人あたり月数万円の社会保険でも、従業員数が多く、2年ぶんを遡って請求されると何百万、何千万円となります。店が立ち行かなくなりかねないですからね。時すでに遅しの感はありますが、できる限りの対応はします」

 

 顔面蒼白の経営者たちを多く救ってきた井上の、やりがいとはどんなものだろう。

 

「人からわかりやすく必要とされること、そしてずっと大好きな、飲食の世界にも関われること――。仕事であり、生きがいです。龍の柄のセットアップジャージでお客さんのところに行って、相手をする。そんな社労士は私ぐらいだろうなと思います」

 

 この街では「歌舞伎町の先生」とも呼ばれる井上。飲食、風俗などの職業の垣根を越えて、今日も客のもとに足を運ぶのだ。

 

取材/文・松本祐貴
雑誌記者、出版社勤務を経て、フリー編集者&ライターに。著書に『ルポ失踪』(星海社新書)など。「東洋経済オンライン」で「『現金とっぱらい』の現場で」を連載中

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出典元: 週刊FLASH 2026年7月28日・8月4日合併号

著者: 『FLASH』編集部

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