令和の米騒動の時代、スーパーからお米が消えることにリスクを感じる人も多いと思います。備蓄米や輸入米ではなく、顔の見える農家さんから、安心安全なお米を安定的に確保したいというニーズが高まっています。
同時に、農家さんにとっては、流通に乗せて顔の見えない生活者に届けるよりも、直接的に生活者とつながって販売した方が、利益が多く得られます。
生活者が実際に農地に足を運び、田植えや稲刈りに参加しながら、顔の見える農家さんに日常の管理を任せて直接購入する仕組みが増えています。
私たちはさらに、お米の生産に限らない田んぼの価値の向上を図るチャレンジをスタートしました。移住している鳥取県江府町で、まずは農事組合法人と江府町と連携して、「田んぼDAO」の実証実験をスタートしました。
DAO(分散型自律組織)とは、特定の管理者を持たず、ブロックチェーン技術を活用して、参加者全員によって運営される組織のことです。ガバナンストークンと呼ばれる暗号資産を用いて、参加者が組織の意思決定に投票で関与します。
初期メンバーには、医師、看護師、起業家、土壌専門家、大学院生ら、20名が参画しました。半分は、プラネタリーヘルス(人を含む地球全体の健康・ウェルビーイングの状態)に興味があり実践したいという医療従事者でした。
農家さんが生産する田んぼへの関与権付きのお米を販売し、メンバーは田植えなどの農作業に参加するのみならず、共同で、自然資本としての田んぼの価値を最大化することを目指します。収穫見込みのお米を事前に購入することで、米騒動の時代に、自分が関わる田んぼのお米を確保できるメリットがあります。
生産物としてのお米の価格には上限がありますが、田んぼの価値はそれだけではありません。廃棄されるはずの籾殻(もみがら)などの未利用資源のアップサイクルや、農作業に関わることによるヘルスケア効果、農薬や化学肥料を低減した栽培による生物多様性への貢献などのインパクトを評価することで、田んぼの価値を高めていくことができます。
江府町に足を運んで身体を動かしたメンバーには、メンバーシップNFT(非代替性トークン)を発行し、DAOメンバーとして認証の上、田植え作業や日常の田んぼの管理に貢献したことに対して、通貨となるトークンを発行しました。
田んぼの環境を維持するためには、草刈り、水路整備、水源整備など、耕作だけではないたくさんの作業があります。これがまあ、大変で、高齢化と人口減少で手入れができなくなると、稲作が維持できなくなってしまいます。
医師の目線でこれを再解釈すると、こうした作業は、都市生活者にとって、生態系や土と触れ合う恰好の機会となります。自分が手を入れることで、自然がより豊かになり、生態系からの恩恵が増えていく。という好循環が生まれます。
人にとっては、
・自然欠乏症候群が解消される
・身体を動かしてエクササイズになる
・自分の力で再生することで、自己肯定感が高まる
・心身のウェルビーイングにつながる
といった価値が生まれる可能性があります。これを人の「内的富(Inner Wealth)」とします。そして、そうした人の貢献によって、生態系からの恩恵として、
・生物多様性が回復する
・水環境が維持される
・防災や環境改善につながる
などの「地球の富(Planetary Wealth)」が増えます。人の「内的富」と「地球の富」が、同時に増える関係性の構築です。
これまでの経済は、多くの場合、自然を消費することで人の富を増やしてきました。しかし本来、人が自然に関わる営みは、自然を壊すものではなく、むしろ豊かにする力を持っています。
田んぼに手を入れることで、生き物が増える。水路を整えることで、水がきれいになる。森を手入れすることで、流域全体の環境が回復していく。人の活動が、自然の再生を促すのです。
「人の貢献が、地球の富を増やす。そして、その豊かな生態系から、再び人が恵みを受け取る」――この循環を、私は「Planetary Grace(プラネタリー・グレース)」と呼んでいます。
「Grace」とは、恵みであり、恩寵であり、自然からの贈り物です。畏怖・畏敬の念、感謝の念を含んだ言葉です。人が自然に関わることで、その恵みが増え、再び人に返ってくる。こうした関係性の中で、人の活動そのものが、地球への贈り物になっていくのです。
そして今、人の貢献を可視化し、社会の中で価値として循環させることが可能になり始めています。先ほども書いたように、田んぼDAOでは、田んぼに関わる行動をトークンとして記録し、地域や地球への貢献が、新しい信用や価値として蓄積されていく仕組みを試みました。
将来的には、都市とローカルをつなぎながら、人や企業の地球への貢献が評価され、価値として流通する、自然資本に基づく新しい経済圏が生まれていくと考えています。GDPを超えた、自然と人がともに豊かになる、地球再生型の経済です。
田んぼという小さな場所から始まったこの実証は、やがて流域へ、地域へ、そして社会全体へと広がっていく可能性を秘めています。
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以上、桐村里紗氏の新刊『土に触れる人はなぜ健康になるのか 身体の中の自然を育てる』(光文社新書)をもとに再構成しました。町ぐるみでプラネタリーヘルスの実践に取り組む医師が、自然との関係性がいかに心身のウェルビーイングに影響するかを解説します。
●『土に触れる人はなぜ健康になるのか』詳細はこちら
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