
税理士・沖有美子さん。事務所のある東京・青山で(写真・酒井よし彦)
難関国家資格を武器にして、夜の街で生きる人々を支える専門家がいる。彼らは、なぜこの世界を選び、どんな修羅場をくぐってきたのか。異色の経歴と仕事の流儀に迫る。
「税金の相談に来たはずの女のコが、最後は泣きながら帰っていくんです」
東京・南青山にある税理士・沖有美子の事務所では、そんな光景が珍しくない。
「『男にお金を渡してしまう』『ホストが忘れられない』――。親にも言えないことを、私には話してくれる。人生相談みたいになることも多いです」
沖が自問の末、“夜の街”と向き合おうと決めたのは40歳を迎えたころのことだった。
「もう時間もたったし、過去のことを話してしまってもいいのかな、と。そうじゃないと自分が税理士になった思いが伝わらないし、自分に納得できないと思いました」
沖は借金を抱え、ホストにハマり、風俗で働いた過去を長く打ち明けてこなかった。しかし、ある日、異業種交流会で「じつは、風俗で働いたことがある」と告白し、夜の街の仕事も請け負うようになった。
「いま、いちばん多い相談は、キャバクラや風俗店の経営者から寄せられるインボイス制度についてのものです。ほとんどの女のコはインボイス登録をしていませんから、店側の消費税負担をどう抑えるかが、死活問題になっています」
現在、仕事の案件の4割は夜の街で働く人たちから受けているという沖。順風満帆な業績を誇る彼女だが、その生い立ちは波乱に満ちていた。
「子供のころから成績はよく、地元の鹿児島の高校では東大受験のクラスにいたほどでした。ですが高校1年のとき、大学病院に勤める医師だった父ががんで亡くなり、家庭は困窮していったんです。母親は喫茶店のウエイトレスや化粧品販売の仕事で家計を支えてくれました」
■20歳で借金、600万円ホストにもハマる
大学進学よりも、「早く東京に出て、自由になりたい」という思いが強かった沖は、18歳で東京の専門学校に入った。
「働くのが楽しくて、カラオケ店、エステの勧誘、荷物仕分けと時給の高い仕事を求め、いろいろやりました」
ネットワークビジネスを始めたのも、さらなる高収入を求めてのことだった。
「ほかの客を勧誘するためには、まず商品を買う必要がありました。すでに20歳になっていたので消費者金融で借金をして、最初に30万円の布団を買いました。今は年収の3分の1が限度額ですが、当時は総量規制もなく、丸井のカードローン、武富士などと借りていたら600万円ほどになっていました」
返済額は月に数十万円。専門学校を卒業し、不動産会社に就職したが、返せる額ではなくなっていた。会社の上司に相談し、自己破産の手続きを進めた。
「そんなとき、気晴らしにネットワークビジネスの仲間と歌舞伎町のホストクラブに初めて行きました。私だけが、見事にハマりました(笑)。自己破産手続き中にホストクラブへ通うとか、本当に最悪ですよね」
結局、あるホストに“ガチ恋営業”をかけられる。しかし会社員の給料では、ホストに通い、貢ぐことはできない。
「ホストに紙切れを渡され『このお店に電話して』と言われました。それは、『ここなら稼げるから』という意味でした」
紹介されたのは、過激なサービスを売りにする風俗店だった。だが、沖にほかの選択肢はなかった。
「これ以上の借金は無理で、自分がダメになっていくのがわかっていました。ホストの売り掛け(飲食代の後払い)はどんどん増えます。精神的に追い詰められたのか、咳が止まらなくなりました」
そんなとき、沖の人生を変える人物が現われる。風俗店で出会った客が、公認会計士だったのだ。
「会計士という職業もわからず、子供のころや中学・高校のころの話をしていたら、『君、数学が得意なんだね』と言われました」
何度めかの接客中、その男性が「僕が借金を返してあげる」と伝えてきた。消費者金融などの借金600万円は、自己破産で整理できた。
だが、ホストの売り掛け200万円と闇金から借りた200万円が残っていた。沖はそれらの借金を清算してもらい、“水揚げ”されて会計士の愛人になった。20歳から21歳は、怒涛の時期だった。
「その会計士のパパとは、5年ぐらい一緒にいました。『君は才能があるから簿記をやりなさい』と、24歳ぐらいまで、パパが家賃や生活費だけでなく、簿記学校の学費など月30万円ほどを出してくれました」
22歳で日商簿記検定2級、その半年後には難関とされる1級も取得した。勉強を続けながら25歳から会計事務所でも働き始めた。26歳ごろ、彼氏ができたのをきっかけにパパとは別れる。
「20代のいちばん楽しい時期に友達とも遊ばず、飲みにも行かず、結婚を考える余裕もなく、机に向かいました。昼は仕事、夜も土日も勉強でした。それでも、29歳で税理士試験に合格するまで7年かかりました」
2007年に税理士資格を取得し、修業期間を経て2014年、36歳のとき独立した。当初は、印刷会社やコンサル会社など一般企業が中心だった。だが、過去を公表し、Xなどで発信するうちに、デリヘル経営者から同業者を紹介されたり、風俗嬢から税金についての相談を受けるようになった。
■売れっ子ソープ嬢に法人化を助言する
「私の肌感覚では、風俗嬢で確定申告しているのは、多く見積もっても2割です。一方で、ソープランドで月に数百万円稼いでいるコが、『ちゃんと納税したい』と顧客になってくれたこともあります。まだ20代前半なので、『ずっと風俗を続けるなら、法人化したほうが、負担がなだらかになるよ』と話しています」
現金払いの仕事のため、これまでは収入の動きが税務署に把握されにくかった。だが、ここ数年は風俗嬢やパパ活をする個人にも税務調査が及ぶようになった。申告漏れが発覚すれば、追徴課税などで本来納める税額を大きく上回る負担を強いられることもある。
「そのきっかけのひとつにNISAやiDeCoがあるようです。無申告だと『収入がないはずなのに、なぜ投資できるのか』と税務署に睨まれる可能性があります」
最近は、同人AVの制作者からの相談も増えているという。自分たちで出演から撮影、編集や配信までする人たちだ。
「男女ともに、若いコで稼いでいるのは、風俗よりそっちが多いですね。月収300万~400万円くらいになることもあって、口座に多額の振り込みがあると、やはり税務署に把握されやすい。AIの税務調査が始まったことを知って、『5年ぶんまとめて申告したい』と駆け込んでくるコもいます」
現在の顧客は、法人、個人ともに約100件ずつ。風俗で働く個人客などからは、冒頭のように税務以外の相談を受けることも多い。
「すべてをさらけ出して、女のコが元気になって帰っていく姿を見るのがいちばん嬉しいです。AI調査についてのニュースでも、申告するきっかけになるならそれでいい」
自分の過去と向き合ってきた沖だからこそ、人の痛みに寄り添える。それも沖なりの、“夜の街”への恩返しなのだ。
おきゆみこ
18歳で上京し、神田外語学院を卒業。2014年に東京・南青山に税理士事務所を開設。「夜の仕事の女性」の相談は初回無料だ。「ホストクラブはその後も何度か行きましたが、もう飽きました。最近は旅行ですね。先日は、パソコンを抱えて一人でラオスに行きました」
取材/文・松本祐貴
雑誌記者、出版社勤務を経て、フリー編集者&ライターに。著書に『ルポ失踪』(星海社新書)など。「東洋経済オンライン」で「『現金とっぱらい』の現場で」を連載中
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