錦鯉の専門誌「月刊錦鯉」(左)とバードウォッチング誌「BIRDER」
「AIで効率化」「DXで生産性向上」……そんな常套句がビジネス誌を席巻しているが、AIが入り込んでいるのは、もはや先端企業のオフィスだけにとどまらない。何十年も、ひとつの分野を追う超マニアックな専門誌が報じるAI動向に目を向けると、現場ならではの期待と不安が入り混じる、リアルな声が聞こえてきた。
1991年創刊の「月刊錦鯉」(SESSA)は、全日本錦鯉振興会の公式機関誌だ。錦鯉は1匹数百万円から数千万円で取引がおこなわれることがあり、品評会での高評価を目指して何年も育成される。
「もっとも問われるのは体型、次いで模様や色ツヤなどが重視されます」(長谷川雄事業部長)
そんな世界で2026年2月に開催されたのが、スマホアプリを用いた「全日本錦鯉振興会AI品評会」だ。
AIが最終選考前まで鑑定を担うことについて、瀬川明弘編集長は「生体を持ち込まず参加でき、海外からもエントリーしやすい。新規愛好家の増大に期待が高まります。将来はAIの介在で、国際規模の品評会がおこなわれる可能性もあります」と分析する。
錦鯉の世界ではすでに、AIが人間に近い審美眼を持つ時代なのだ。
■「撮っていない鳥の写真も作れてしまう」
同じ画像識別技術でも、すでに懸念を抱えているのが、1987年創刊のバードウォッチング誌「BIRDER」(文一総合出版)だ。
「この40年で野鳥観察は大きく変わりました」と中村友洋編集長。失敗を気にせず撮れるデジタルカメラの普及以降、一般からの投稿が急増した。
「最新のカメラには、AIによる被写体認識やノイズ低減機能が搭載され、野鳥撮影を楽しむ人々はすでに恩恵を享受しています」(同前)
だが、生成AIの進化は野鳥観察の世界に大きな影も落とした。
「実際に撮っていない鳥の写真も作れてしまいます。野鳥観察では『いつ、どこで、何を見たか』の記録が重要ですが、その生成も可能です」(同前)
野鳥写真にフェイクが混じるリスクは、一朝一夕には片づけられない難題のようだ。
社会インフラの現場でもAIの実用化が進む。1978年創刊の「月刊下水道」(環境新聞社)が追うのは、ふだん私たちが意識しない地下世界での活用だ。
「戦前・戦後に整備された管路情報が、紙の台帳のままの自治体もあります。しかも地下には、水道管やガス管なども埋まり、全体像の把握が容易でないんです」と語る編集部主任の小橋央昌氏が見守るのは、老朽化対策待ったなしの現場。
「自律走行型ロボットやドローンを管路内に送り込み、映像からAIでひび割れや腐食を解析しています。作業員が危険な地下へ入らない“No Entry”は、業界のトレンドです」(同前)
紙の台帳をデータ化し、現場でタブレットから瞬時に確認できるだけでも、人手不足の自治体には大きな助けになる。
1975年創刊の「月刊廃棄物」(日報ビジネス)が追求するのは、ごみ収集・処理現場の人手不足解消や事故防止だ。近年、深刻なリチウムイオン電池の火災対策として、AI画像認識で電池を検知し、ラインを自動停止させる新技術がすでに登場している。
しかし、「まだ様子見の自治体が少なくない」と言うのは、新倉充部長だ。
「成功例が蓄積しないと動きづらく、定着には時間がかかりそうです。だから弊誌では、AIに本格的にフォーカスした特集はまだ組んでいません。業務の効率化や事故防止の手段として話題のときに、随時、取り上げるスタンスです」(同前)
期待や不安、静観など温度差こそあれ、ニッチな世界でも、すでにAI技術は無視できないものになっていた。
取材/文・鈴木隆祐
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