映画『私立探偵 濱マイク』(1994年)ナッシュ・メトロポリタン(写真・木村哲夫)
「このスバル・レオーネは、ドラマ『First Love 初恋』(Netflix)で小泉今日子さんが運転していました。こちらのカワサキ250TRは、映画『WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~』で長澤まさみさんが使用。ほかにも、有村架純さん、峯田和伸さん、桐谷美玲さん、水原希子さんらが劇中で乗ったバイクがあります。どれも売り物ではありません。僕が趣味で集めているだけです」
こう案内してくれたのは、群馬県太田市でスーパーカブのカスタム専門店「GARAGE521」を営む若尾祐基さんだ。
一見すると宝の山。だが、敷地の奥へ進むにつれ、景色は一変する。1960~1980年代のバイクが約280台、1950年代以降の自動車が約50台も並ぶ。なかには動かなくなり、錆に覆われた車体もある。そこだけ昭和の風景が取り残されたようにも見える。
そのなかで、ひときわ異彩を放つ1台のアメリカ車がある。永瀬正敏主演の映画『私立探偵 濱マイク』3部作(1994~1996年)で、主人公・濱マイクが横浜の街を駆け回った、ド派手なオープンカーだ。
「このクルマは、もともと林海象監督の私物だったんです。1988年、銀座のあるショップにインテリアとして飾られていたこのメトロポリタンに監督がひと目ぼれして、店主に無理を言って譲ってもらったそうです。ナンバーもない、ただの展示車だったので、そこから数百万円かけて走れるようにしたと聞いています。映画の撮影が終わったあとは、しばらくガレージに放置されていましたが、監督から『お前が一生持ってろ』と言われて、僕が引き継ぎました」
林監督と若尾さんは、京都造形芸術大学芸術学部映画学科で、教授と学生という間柄だった。いわば師弟関係で、若尾さんは「大学を卒業できたのは監督のおかげ」と振り返る。その恩師からオープンカーを譲り受けた若尾さんは、オーナーになったからこそできる“濱マイクごっこ”を楽しんだという。
「映画では、濱マイクの探偵事務所が横浜の日劇にある設定だったので、この車で日劇まで行って、劇中に登場する印象的な場所を車で走ったりしました。マイクが見ていた景色を、自分だけのものにできる感じがしたんです。ただ、映画の設定どおり本当にポンコツなので、川崎駅のロータリーでエンジンが止まったときは恥ずかしかったですね。そういうときは、マイクの気持ちもわかるんです(笑)」
1950年代のクルマだけに、この個体にはエアコンもシートベルトも、もちろんカーナビもない。快適装備とはほぼ無縁だ。
「エンジンが止まったり、クラッチがつながらなかったり、ブレーキが抜けたり。そういうことはありますよ。僕は旧車に乗り慣れているので、それくらいは当たり前だし、対処もできます。『また話のネタができたな』くらいにしか思わないです」
若尾さんは、バイクや自動車の知識が豊富で、車両のカスタム技術も持つ。その腕を買われ、林監督のドラマなどに美術スタッフとして参加したこともある。
「ドラマや映画は、作品ごとにスタッフが集まって、撮影が終われば解散します。劇中車も同じで、撮影が終わると置き場所がなくなるんです。だから、売るか廃車にするしかない。早く処分しないと維持費がかかるだけなので、相場より安く手放すことも多いんです」
映画の現場で経験を積んだのち、若尾さんは地元でバイクショップを始めた。だが、映画界とのつながりはいまも続く。その縁から、役目を終えた劇中車などが若尾さんのもとへやってくることもある。
「いまは、劇中車を趣味で集めているだけですが、いつでも映画のために車両を提供できるようにはしています。たとえば、『さびついたスバル360がほしい』と言われたとき、すぐに出せるように、さびたクルマもあえてそのまま残してあるんです。映画が好きで、ずっと映画にかかわっていたい。僕の人生は映画が中心にあるんです」
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