「まずは不易流行ですね。父の代より大切にしてきた言葉です」
六代目の蔵元である七田謙介さんに社訓を伺うと、迷わず答えが返ってきた。
焼酎王国と思われがちな九州だが、冬が比較的寒い北部には、日本酒の酒蔵も少なくない。天山酒造は佐賀県のほぼ中央部の小城市に蔵を構える。
【関連記事:精米歩合60%「純米吟醸酒」を送り出した蔵元の先見の明】
「不易」とは変わらない永遠性。「流行」はその時々の新しい風を指す。松尾芭蕉の俳諧の理念であり、この両者は一体なのだという。天山酒造にとって変わらない部分とはなんなのか。
「常に最高の品質のものをお客さまにお届けすること。どんなに時代が変わっても、そこは揺らぎません。原料へのこだわりとともに、水のきれいなこの場所で酒造りができたことも、続けてこられた理由。地域あっての我々という考え方も不易の部分です」
土地にこだわり抜くという考えを突き詰めたなかで始めたのが、「人・米・酒プロジェクト」だ。
一般の人に田植え、稲刈り、お酒の仕込み、そして瓶詰めまで、酒造りのひと通りを体験してもらうイベントで、すでに16回を数える。
「親子で参加してくださる方が多いです。すぐ売り上げに結びつくわけではないですが、米作りも酒造りも大切な日本の文化。
子供さんは造ったお酒を呑むことができませんが、素足で田んぼの中に入った感覚とか蔵の中で発酵している香りなどは、意識せずとも体が覚えていてくれるはず。大人になって思い起こしてもらえればいいなと。
お米やお酒がどれほど気象条件に左右され、自然の恵みによってもたらされるものなのかも感じてもらいたい」
社訓としてもうひとつ大切にしている言葉として、「和醸良酒」もあげてくれた。
「まず和をもって美味しい酒を造る。従業員のチームワークが何よりも大切だということです。そして、よいお酒によってお客様の和を醸す。酒造りによって、社会に貢献できるという意味でもあります」
自分たちの造ったお酒でお客さまの和を広げていく。そのために、日本酒を飲んでもらうシーンを創造していかなくてはならないという。
「かつて日本酒は食前酒のような呑まれ方をしていました。その後、食事だったんです。でも、ライフスタイルの変化で料理と一緒にたしなむようになっている。量を飲むより、質の高いものという傾向も強まりました。
天山酒造でも、ワイングラスで飲める日本酒としてスパークリングに力を入れています。女性や海外の方にも、我々のお酒で和を醸していただきたいですからね」
<蔵元名>
天山酒造(佐賀県)
創業144年(1875年)
<銘柄>
天山スパークリング
佐賀県小城市小城町岩蔵1520
http://www.tenzan.co.jp/main/
<社訓>
「不易流行」「和醸良酒」